政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
* * *
米朝首脳会談をめぐる動きが慌ただしく、開催を危ぶむ声も根強くあります。
北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の片腕であるとともに党のナンバー2であり、情報機関の総元締でもある金英哲(キムヨンチョル)党副委員長兼統一戦線部長が渡米し、ポンペオ国務長官とツメの会談を行ったというのですから、今月12日の米朝首脳会談は開催に向けてラストスパートの段階に入っているのでしょう。
暴君のような若き独裁者と、予測不可能な行動に出そうな柄の悪い大統領によって、休戦から60年以上にわたって歴代の指導者がなしえなかった戦争の終結という歴史的な変化が成し遂げられるかもしれないのですから、これは「歴史の狡知(こうち)」としか言いようがありません。
しかし、それは単なる偶然ではなく、ある意味で歴史的な歩 みのしからしめるところでもあります。
そのことを私は、傑出したジャーナリスト、セリグ・ハリソンの『コリアン・エンドゲーム』(2002年)から学びました。(南北の)再統一と米国の中立的な介入の戦略を論じたハリソンの本は、この15年以上にわたって私の「バイブル」であり、私は必ず現実が彼の構想に追いつくに違いないと固く信じてきました。
米朝や日朝などの2カ国関係や米朝韓の3カ国関係、さらに中国を加えた4カ国関係。そして日ロを加えた6カ国関係など、重層的な多国間関係を通じて戦争の終結と平和協定の締結を図り、東アジアに多国間の平和と安定の枠組みを創出すべきだというハリソンのビジョンは、私を引きつけてやみません。
米国は、朝鮮半島の分断に対して中立的なブローカーの役割を果たすべきだとするハリソンの提言は、皮肉にも韓国の文在寅政権の積極的なピースメーカーの役割を通じて実現しつつあります。在韓米軍も米朝関係の正常化とともに、即刻撤収するのではなく、暫定的に駐留し、地域の平和と安定の重しとしての役割に変わっていくべきだとする考えも現実的です。果たしてエンドゲームの始まりとなるのか。それともゲームは依然、エンドレスなのか。ハリソンならどう思うでしょうか。
※AERA 2018年6月11日号