本書は雑誌「波」(新潮社)での連載をまとめたものが中心だが、新たに書き下ろした章もある。スーさんが幼稚園年長から学生時代のすべて、社会人になってからの7年間を過ごした東京・小石川の家。1、2階が会社で、上階が住居の4階建てビルは父が30代で築いた。キッチンのタイルや飾りドアなど、母のセンスが存分に生かされたレンガ造りの建物は、家族の繁栄の象徴だ。だが、永遠には続かない。父は事業に失敗した。

 2008年夏、実家をたたむ。

「あれが私たちの分岐点であり、転換点だった。だからどうしても書かなきゃいけなかったんですけど、最後まで、連載では書けなかったですね」

 引っ越しでは親類や友人などあらゆる手を頼り、膨大な荷物と格闘した。父はリビングのソファに寝そべっている。憤怒にまみれ、ぼたぼたと汗を垂らしながら、西日の当たる四畳半でスーさんは母の秘密を見る。家族という船が静かに沈んでいく。だが、20年間の母の不在は、父と娘の絆を緩やかに束ねていた。

「私は書くことで、自分の情念みたいなものを手放していく。今回もだいぶ『お焚き上がった』感じはありますね」とスーさん。「娘」という鎧を脱ぎ、「父」のお仕着せもやめたという。

 お父様は、本を読んだらなんておっしゃるでしょうね。

「読まないと思います。それで『読んだよ』とか言うだろうな」

(編集部・渡部薫)

AERA 2018年5月28日号

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