阪本は言う。

「『半世界』は、ハーフ(半分)という意味ではない。アナザー、つまり『もう一つ』の世界のことなんです」

 その「もう一つ」とは?

「グローバリズムの時代を迎えたことで、私たちは以前にも増して巨大な主語と文脈で世界を語るようになりました。しかし世界というのは、国際情勢ばかりを指すものではありません。アメリカとの外交や北朝鮮問題ばかりではなく、メディアには報じられない一般の人々の生活も、世界を形づくるもう一つの大切な要素です」

 それで、炭焼き職人ですか。

「グローバリズムに対する市井、土着、平凡な日常……。今回の作品では、そうしたものにスポットを当てたい、と思いました」

 阪本の言葉がそのまま、紘を演じる稲垣に重なる。

 阪本のシナリオが描く男たちの姿は人間らしく、読むと「その土地のロケーションが浮かんでくる」と池脇。

 クランクインを迎えるにあたって、稲垣はオフィシャルブログにこんな一文を書いている。

「映画のクランクインとは新しいスタッフ、そして新しい役柄との出会いの瞬間。(中略)日常を離れた環境やスタッフの皆様の吹き込む生命によって徐々に作品世界へと誘われていきます。そして……新しい生命によって、自分を見つめなおすことの出来る俳優の仕事は僕に生きる意味を与えてくれます」

 稲垣のイメージとは対照的な紘。しかし、“もう一人の自分”から自己を見つめ直す時間がなければ、私たちの知っている「稲垣吾郎の世界」もまた、おそらくは成り立たない。

 撮影後半、稲垣演じる紘は2本の炭を重ねるように叩き、鳴り響く音にそっと耳をすませた。「キン……キン……キン!」と、鉄琴をたたいているような澄んだ音が静けさの中にこだまする。そして、見慣れた日常の中で忘れていた世界の美しさを、少しずつ実感していくのだ。

 撮影が大詰めを迎えた3月中旬。稲垣はブログに、ホテルから見た夜明けの町の画像を複数枚、アップしている。自分で撮影したのだろう。タイトルは、「半世界の住人より」。

 もうすぐ大きな太陽が顔を出して、周囲がせわしなく動き始める。その直前の、ほんの一瞬。夜と朝の狭間の世界で、稲垣吾郎は何を考えていたのだろうか。(文中敬称略)(ライター・澤田憲)

AERA 2018年5月14日号