こうした憎まれ役が、「対話と圧力」での役割分担ならまだいい。安倍氏は北朝鮮への対応で場数を踏んでおり、官房副長官当時の2002年には平壌での初の日朝首脳会談で小泉純一郎首相に同行もした。対話へ傾く文氏とバランスを取る形でトランプ氏に助言できる。
ただ問題は、古来日本の外交、安全保障の要諦である朝鮮半島の将来像を描こうと動き出した対話に、日本がどう関わるのかが見えないことだ。それは、深刻な拉致問題を「内閣の最優先課題」に据えることから来るジレンマでもある。
02年の首脳会談で正恩氏の父・金正日総書記は拉致を認めて謝罪したが、「8人死亡、5人生存」という北朝鮮からの情報に日本で衝撃が走った。生存とされた5人は帰国したが、日本政府は「8人死亡」の根拠が示されていないとして、全員が生きている前提で北朝鮮に再調査と帰国を求め続けている。
その先頭に立ってきた安倍氏は、今トランプ氏を頼る。4月17日、米フロリダでの首脳会談。安倍氏は「史上初の米朝首脳会談は拉致問題にとって千載一遇の機会。解決を強く迫ってほしい」と求め、トランプ氏は「被害者の家族の気持ちは受け止めている」と語ったという。
安倍氏は22日、そのやりとりを拉致被害者家族との懇談で伝え、「全ての被害者の即時帰国。皆さまの手でご家族を抱きしめる日が来るまで私たちの使命は終わらない。安倍内閣で解決する強い決意だ」と語った。
米朝首脳会談でトランプ氏の助けがあっても、拉致問題の主役は安倍氏だ。被害者の生死で、日朝で見解が分かれたまま16年。そこを乗り越えないと、経済支援を求められるかもしれない北朝鮮の非核化、その先の朝鮮半島の平和構築の議論に、日本は本腰を入れて加われない。
南北首相会談で金氏は文氏に「日本と対話する用意がある」と伝えた。拉致問題を「安倍内閣で解決する」なら、決着の場は日朝首脳会談ではないか。(朝日新聞専門記者・藤田直央)
※AERA 2018年5月14日号