政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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2019年放送のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」がいよいよクランクインします。これまでの大河ドラマは、ほぼ幕末・明治・戦国が舞台でした。ところが今回は、日本が初参加した1912年のストックホルムオリンピックから64年に開催された東京オリンピックに至るまでの52年間を描きます。
つまり19年の大河ドラマは、近・現代が舞台です。主人公は誰もが知る英雄や著名人ではありません。ドラマの脚本を手がけるのは、「あまちゃん」の宮藤官九郎さん。20年の東京オリンピックに向け勢いをつける、そういう意味でのチャレンジングなこの試みは、発表当時にも話題を呼びました。
ドラマ前半の主人公となる金栗四三(かなくりしそう)は、日本人で初めてマラソン選手としてオリンピックに出場したものの、レース中に熱中症で倒れ、不本意な結果となってしまいましたが、後に「マラソンの父」と呼ばれるように、日本陸上界に貢献しただけでなく、市井の人々にウォーキングやジョギングを広めています。四三は、「長寿社会日本」の一つの象徴的な人物でもあるのです。
そんな四三を演じるのは、歌舞伎役者の中村勘九郎さんです。熊本県山鹿市には地域の住民たちがつくった歴史ある芝居小屋の八千代座があります。八千代座は88年に国の重要文化財に指定されていますが、ここで勘九郎さんは、何回か演じています。そんなことも重なり、今回はひとつの奇縁を感じます。
甚大な被害をもたらした熊本地震から間もなく2年。四三の実家は熊本県の北部にある春富村(現在は和水町)です。熊本県が大河ドラマの舞台となり、しかもみんなから慕われていた明るい性格の四三が全国区になる。熊本がやっと立ち直るか立ち直らないかというときに、こういう特需が降って湧いてきました。
これまで私自身は、ドラマや歌番組といったテレビの娯楽番組などからは、疎い生活を送っていました。しかし結局、人を慰め元気づけるのは高尚な思想だけではありません。このような番組が今、作られるということで私も含め多くの熊本の人々が期待に胸を膨らませています。
※AERA 2018年4月9日号