原一男監督、23年ぶりの新作は、8年にも及ぶ国相手の“市井の忠臣蔵”。比類なき3時間35分の“怒りと寛容”の国賠訴訟ドキュメンタリーだ。
前作「全身小説家」から数えても23年ぶり。「ゆきゆきて、神軍」で知られる、寡作のドキュメンタリー監督・原一男の新作が話題を呼んでいる。国を相手に訴訟を挑んだアスベスト被害者たちの戦いを追った「ニッポン国VS泉南石綿村」だ。
上映映画は215分。一度は2時間版を完成させたものの、1年をかけて再編集。休憩を挟む異例の2部構成になった。
原監督が言う。
「8年間も撮ったんですから、生かしたい場面がいっぱいあった。見られた人の中には『七人の侍』や『忠臣蔵』に例える感想もありました」
タイトルの「石綿村」とはアスベスト工場が集中した大阪府の南端地域を指す。安価にして耐火性に優れたアスベスト(石綿)は「夢の鉱石」とされ、建築資材用などとして高度成長期に大量生産された。
当時、町工場には白い綿煙が舞い、微細な繊維を吸い込むと体内に蓄積。30年後に中皮腫や石綿肺を発症、呼吸困難に苦悶しながら亡くなることから「静かな時限爆弾」と称される。
危険性をいち早く認識しながらも何ら対策を打とうとしなかった国の責任を問い「国家賠償訴訟」を起こした59人の被害者と弁護団にカメラを向けた。しかし、よくある裁判闘争の記録映画には収まりきっていない。
カメラが原告宅を訪れる。遺影を前に、訴訟途中に亡くなった故人の思い出に耳を傾けていた原監督が「まじめなご主人だったんですよねぇ」「いいえー、バクチも遊びもいっぱいしてました」と妻は悪態をぶちまける。劇場に笑いが起きる場面だ。
国の対応に怒りを抑えきれず「建白書」を携えた原告団のリーダーが首相官邸へ突進する。カメラが追う。振り向くと、続く原告たちの姿がない。ぽかん。拍子抜けした男性の顔がアップとなる。長尺にもかかわらず飽きさせないどころか、共に怒り、笑い、考えさせられる。