低糖質ブームが続いている。健康にいいのは当たり前、味でも値段でもと、開発者たちがしのぎを削る。アイデアと技術で驚きの進化をとげた食品を追った。
それは、ニクニクしいまでの存在感を放っていた。
平日午後2時、東京都墨田区にあるハンバーガー店「shake tree(シェイクツリー)」。近所に住む会社員女性(24)が注文したのは「Wild Out(ワイルドアウト)」。このバーガー、バンズ(パン)がない。代わりに120グラムの肉2枚で、トマト、玉ねぎ、チェダーチーズをはさんでいる。相当なボリュームだが、女性は笑顔で「注文するのは3回目。食べごたえがあるから好き」。
同バーガーは2012年の発売当初、1週間で5食ほどしか売れなかった。しかし、インパクトある外観がSNSやメディアで話題を呼び、糖質制限ブームも追い風となって、今では1日50食を売り上げる人気ナンバー1メニューへと成長した。肉は米国からチルドで輸入。チャックアイロール(肩ロース)の塊と牛のもも肉のミンチを混ぜ、毎日店でパテを作っている。
「味はステーキとハンバーグの中間」とオーナーの木村雄太さん(35)が言う通り、バーガーというより、もはや本格肉料理。焼き加減はミディアムレアだ。かなり満腹になるが、注文するのは4割が女性という。夕方からのバータイムには酒と一緒に注文する人も。
「バンズより肉のほうがおなかにたまらず、アルコールとの相性もよいと言うお客様もいます」(同店スタッフの酒井優樹さん)
低糖質志向が生まれた背景には、08年に始まった特定健診・特定保健指導(メタボ健診)があるのではと分析するのはFood Watch Japan編集長の齋藤訓之(さとし)さん(53)だ。最も早く低糖質に着目したのはビール業界だったと言う。「最近は外食業界において、低糖質食への対応が定着してきています」(齋藤さん)
白米や小麦には糖質である炭水化物が多く含まれる。日本人のソウルフード、寿司もそのひとつ。寿司には白米、銀シャリが欠かせないという常識に挑戦したのが、今年8月31日から糖質オフシリーズを全国販売しだした「無添くら寿司」だ。「シャリ野菜」シリーズで、酢飯の代わりに酢漬けの大根を使うことにした。えび、ビントロ、まぐろ手巻き、えびマヨ手巻きの4種類。「シャリにメスを入れました」と、くらコーポレーション(大阪府)広報宣伝部の辻明宏さん(43)。糖質を最大で88%カットした。
合わせ酢は独自に開発し、隠し味に柚子胡椒を入れた。食感にこだわったという酢漬け大根の厚みは2〜3ミリ、長さは約4センチでネタとの相性が良い。
他の低糖質シリーズと合わせて発売から10日間で100万食を達成し、売れ行きは予想を上回った。注文客の7割が女性で、「『これで糖質制限中でも家族と一緒に外食に行ける』という声も聞きます」(辻さん)。
現在、全国約400の全店舗で展開している。
東京・六本木ヒルズの一角でPICS(ピックス、東京)が運営する「PIT IN CLUB(ピットインクラブ)」は1.4坪のテイクアウト専門店だ。ラップサンドの「べジロール」は、トルティーヤの代わりに、野菜で作った薄さが1ミリ以下のシート「ベジート」で具材を包む。長崎県のベンチャー企業・アイルが開発した「野菜のり」で、大根とニンジンの2種類。シートにも野菜の味をほんのり感じる。
「糖質を抑えるだけでなく、たんぱく質をしっかり取れるように大根のシートにはバンバンジー、ニンジンのシートにはエビをメインで合わせました」と社長の石川裕也さん(36)は言う。
店舗はオフィスビルの中にあり、外資系企業で働く女性客が目立つ。ファストフードでも健康に気遣う人が多く、購入者の感想は「コスパが良い」。手軽に片手で食べられるため職場での間食にもぴったりだ。(編集部・小野ヒデコ)
※AERA 2017年10月23日号より抜粋