闘病生活の中で夫は、山中教授のiPS細胞の研究が、自身の難病治療に役立つ可能性に期待していたという。「『命を亡くすのと、病気が解明されるのは、どっちが早いかな。たぶん自分はダメだろうな』。そう思いながら、わずかながらの期待は持っていたのだと思う」と女性は振り返った。

「とても仲の良い夫婦だったんですね」

 思わずそう伝えると、それまで静かな口調で夫の闘病生活を語っていた女性の目に、一粒の涙が浮かんだのが見えた。iPS細胞研究への寄付には、亡き夫への深い愛情が込められているのだと実感した。

 夫からの相続遺産を、女性は別の施設へも寄付していた。夫が愛犬家だったことから、日本に2頭しかいないファシリティードッグの3頭目の購入・育成資金として、300万円を贈った。小児病棟などで重い病気を患う子どもたちの心を癒やす役割を持つ犬のことで、3頭目はすでに実働に向けた訓練に入っている。

 女性は今も、介護職員とのやりとりを記した日誌や、夫の病状を記録したクリアファイルを大切に保管している。約5年の闘病生活の末、数冊に増えた日誌やファイルの記述は極めて詳細だ。夫と同じ難病と闘っている人たちの役に立つかもしれないとの思いから、闘病生活についての本を出すための資料にするという。志半ばで世を去った夫の思いを引き継ぎ、治療研究への貢献という形で、今も夫の難病と闘い続けている女性。自身の遺産についても、社会貢献のためになるような形で遺贈したいと考えているという。

 遺贈と言っても、個人一人で手続きするのは簡単ではない。そこで女性が相談したのが、寄付金の扱いや運用に実績があり、昨年4月に「遺贈寄付サポートセンター」を発足させた日本財団だった。それまで寄付全般の枠組みで遺贈を取り扱ってきた同財団が、遺贈に特化したサポートセンターを創設したのは、増加する相談件数に対応するためだった。年間100件程度だった遺贈の相談は、16年度には年間1400件を超えた。今年3月末時点で18人が実際に遺贈することを決めている。具体的な希望を生前に聞き、その通りとなるように同センターが環境を整備する。女性の意をくんで、CiRAやファシリティードッグへの寄付を仲介したのも同センターだ。

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