遺産を社会に還元したい──。残した財産を特定の目的のために寄付する「遺贈」が徐々に広まっている。少子高齢時代に多様化する死生観を背景にして、「死の迎え方」の模索の中で共有されつつある新しい価値観だ。
2月27日、春の訪れを前に寒さが残る京都市内で、京都大学iPS細胞研究所(CiRA、山中伸弥所長)の「寄付者 感謝の集い」が開かれた。招待者の一人には、前年の2016年に1千万円をCiRAに贈った東京都の女性(70)がいた。難病との闘病の末、15年末に70歳で他界した夫から相続した遺産の一部を寄付した。「夫の思いを最後に遂げる。夫が生きてきたことの証し、思いを残したい。そして、同じ難病に苦しむ人たちのためになればいい」
女性のそんな強い意志が、難病治療に期待が高まるiPS細胞研究への寄付に込められていた。
日本は今、少子高齢時代のまっただ中にある。15年の国勢調査によると、日本の総人口1億2711万人のうち、65歳以上の高齢者は過去最高の26.7%を占める。今年4月1日時点で15歳未満の子どもは総務省推計で前年比17万人減の1571万人、人口割合で12.4%と過去最低水準となった。こうした状況を背景に、生前から「死の迎え方」を考えて準備する「終活」が話題を集める中、社会貢献のために遺産を寄付する「遺贈」が、少しずつ広まっている。寄付文化が先進的な欧米諸国で「レガシー・ギフト」と呼ばれるように、故人の遺産を贈るという考え方だ。
ただ、身内とは別の人や団体に遺産を分けるという習慣は、日本ではまだ新しく、浸透するまでには至っていない。では、前出の女性は、いつ、どのような理由で、夫の遺産を寄付することに決めたのだろうか。自宅を訪ねて、聞いてみた。
●夫の意思をおもんぱかり 遺産の一部研究所に寄付
この女性の場合、子どもがいなかったこともあり、以前から夫婦で遺産を寄付することを考えていたという。ただ、突然の闘病で生活が一変する中、どこに寄付をしたいのかなどの具体的な夫の思いを遺言書に残す余裕はなかった。それでも女性は、「遺産は夫が長年働いた退職金」だとして、「私物化してはいけない」と強く思った。「無言の夫の意思をおもんぱかった」結果、遺産の一部をCiRAへ寄付することにした。夫の難病や闘病生活が、女性の考え方に大きな影響を及ぼしたという。