思想家・武道家の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、哲学的視点からアプローチします。
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朴槿恵韓国大統領をめぐる政局の混乱の中で、慰安婦問題についての昨年末の日韓合意の履行が難しくなったという報道を読んだ。これまではオバマ政権が合意を後押ししてきたが、来年1月に発足するトランプ政権は東アジアへの関与を弱めると予測されている。日韓の関係改善のためにアメリカがこれまで果たしてきた役割が弱まれば日韓関係は再び悪化するのではないかという観測が書かれていた。「ああ、そう」とそのまま読み流されそうな記事だったが、私はひっかかった。
昨年末に電撃的に慰安婦問題についての日韓合意が成立したときに、メディアは日韓の外交当局の地道な努力の成果だと書いた。嘘をつけ、と私は思った。日韓の外交当局者がアメリカに呼び出されて「いい加減にしろ。こっちは中東で忙しいんだ。くだらない争いの調停役をさせるんじゃない!」と一喝されて、縮み上がって合意形成に及んだと思っていたからである。アメリカの「鶴の一声」で一件落着しただけで、日韓両政府間には「アメリカ抜き」で自主的にこの問題を解決できるほどの相互理解も信頼感もない。私はそう思ったし、記者たちもそう考えていたはずである。でも、彼らはそうは書かなかった。そう書くと日韓はその重要な外交政策について自力で決定することができない国だということを自ら告白することになるからだ。