膨大な医療データを瞬時に解析し、診断の手助けをする。人工知能(AI)が医療の現場で活躍しつつある。AIで医療はどう変わるのか。現場を訪ねた。
「ワトソン君に聞いてみよう」──。
東京大学医科学研究所(医科研)附属病院では、臨床の医師たちの間でこんな言葉が飛び交う。
「ワトソン君」は人ではない。米IBMが開発したAIだ。人間が日常会話で使う言葉を理解し、学習していくクラウド上のソフトウェア。2500万本以上の医学論文や薬の特許情報などをもとに、患者から採取したがんの遺伝子情報から、がんの症状に関連する遺伝子の変異や抗がん剤の候補などを見つけ出す。
白血病などのがんは、遺伝子が変異してがんを引き起こすため、遺伝子を調べてがんのタイプを特定し、治療薬などを決めることができる。ただ、人間がすべてを調べることは無理だ。
医科研ヒトゲノム解析センター長の宮野悟教授が言う。
「研究が進み、遺伝子や新しい治療法、治療薬に関するデータ量は膨大になっています。医師や専門家がすべてを調べ上げるのは、すでにお手上げ状態なのです」
●AIなしでは不安
宮野教授らは2015年7月にワトソンを導入し、治療に役立てることにした。人間の能力では不可能なデータ量を読み込んで理解し、最適な答えをはじき出す。これまでに、ワトソンを利用した診療の8割近くで、医師の診断や治療法の精度を高めることに役立ったという。ワトソンの助言を参考に治療を変え、劇的に回復した例もある。
「今後の医療の現場は今とは激変していくでしょう。大きな変化のひとつがテクノロジーです。人工知能を含めて日常の医療のあり方が変わります。テクノロジーを使いこなしていくことも、医師の役割となります」
医師で、医療政策に詳しい東京大学大学院医学系研究科の渋谷健司教授はそう強調する。
医師の能力だけでは、患者に合った最善の医療を提供することが難しくなってきているという。最終的に診断をしたり、治療法を決めたりするのは医師とはいえ、医師を支援するAIは、すでに着々と臨床現場に浸透しつつあるのだ。