●革新とは課題の解決
「大変だな。もっと簡単にできればいいのに」
ふと、動力なしで「水を運ぶ」アイデアがひらめいた。着目したのは、モノの表面に微細な加工を施す独自技術。道路標識の反射板、古くはOHPのレンズにも使われていた。微細な溝を入れたシートで橋を覆えば、その溝を通じて毛細血管を血液が流れるように、水分が隅々まで行き渡るのではないか──。
技術自体は確立されていたもので、「水が運ばれる現象」もよく知られていた。しかし、アイデアを事業化するには、試作品の作製や現場でのヒアリング、データ集めなど、いくつもの関門がある。1人のエンジニアの15%では、たどりつけない。そこでまず、社内の技術イベントで発表し、周囲の反応を確かめた。すると、
「これはいい。15%でやろう」
と四つの事業部から人が集まった。それぞれの社員が15%の範囲で協力し、事業化。昨年秋に商品販売にこぎつけた。
水はシート伝いに勝手に広がっていくので、散水作業が楽になる。水も節約できるうえ、汚濁水も減り、環境にもやさしいと好評だ。現在は東北の震災復興事業で使用されている。
島田さんいわく、
「技術は、課題解決につながって初めて、イノベーションになる。チャレンジしないと、課題解決にはつながりません。失敗を恐れずにやりなさい、というメッセージを伝えること。それが15%文化の意義です」
15%カルチャーが、3Mの社内に「失敗を許容する文化」を定着させていた。
失敗から学ぶ文化や風土が根付くためには、トップの果たす役割も大きい。多くの日本企業の評価は減点方式で、社員も自分の失敗は「黒歴史」として封印しがちだからだ。
「うまくいかなかった事例も話してください。それによって評価を上下させることはしませんから」
Q&Aサイトを運営するオウケイウェイヴでは、兼元謙任(かねもとかねとう)社長(49)が毎年、約300人の従業員全員と面談。成功事例とともに必ず、失敗事例と改善点を聞く。失敗を罰することが目的ではない。
「働きやすい環境をつくること、会社としてその仕組みをつくり、改善を続けることが目的。個人にフォーカスすると、萎縮するだけです」
と兼元社長。自身の苦労や失敗だらけの人生も社員には包み隠さず話している。在日韓国人だという理由で幼少期にいじめられたことや、家族と向き合わずに離婚の危機に陥ったこと、勤めていた会社を辞めて上京したものの最初はお金も仕事もなくて、一時期はホームレス生活を送っていたことなどは、社内でも有名だ。
●「助けて」と言える関係
「聞く耳は持っています。一つの失敗より、同じ間違いを続けることを最も警戒すべき。そうならないためには、困ったときに『助けて』と言い合える関係性を社員同士で構築することが大切なのです」
社内のイントラネットには「みんなでOK」という書き込み欄がある。単なる成功事例の発表の場ではない。受注成功の報告でも、最後に反省点を盛り込む。不具合の報告例では、「こうしたほうがよかった」「これが参考になる」とアドバイスが書き込まれる。小さな失敗を集めて、社内で改善を積み重ねていく緩やかなコミュニティーが出来上がっているのだ。
もちろん、社員に「目標達成」を期待していないわけではない。兼元社長は言う。
「失敗は成功のプロトタイプだと思っている。失敗することで改善点に気づくことができ、それを共有して次につなげる。Q&Aのように皆が協力するための器があれば、一度失敗しても長期的には目標に近づき続けることができるのです」
(編集部・鎌田倫子)
※AERA 2016年7月18日号