2013年に社長に就いた根岸秋男が経営ビジョンとして、全職員4万人に配った冊子。「行政処分を風化させない」と宣言した(撮影/写真部・長谷川唯)
2013年に社長に就いた根岸秋男が経営ビジョンとして、全職員4万人に配った冊子。「行政処分を風化させない」と宣言した(撮影/写真部・長谷川唯)
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 明治安田生命の社長は入社式で10年前の不祥事に触れ、「絶対に風化させない」と語った。誰のために企業があるのか。職員は、絶えず問いかけられている。

 北海道の秋は足早に過ぎ去っていた。地表を覆う冬の冷気を、足立安史(43)が運転する車が切り裂いていく。2005年10月28日。当時33歳。石狩湾に面した道西部の町で、春から初めての営業所長を任されていた。

 駆け込んだ先は灯油の販売店。住居と続きの土間に事務机があり、店の経営者が座っていた。その向かいで、足立の部下の女性営業職員がうつむいていた。「どういうことだ」。「契約はとりやめだ」。怒りを抑えられない様子で経営者は話した。

 明治安田生命保険はこの日、金融庁から業務停止命令を受けた。この年、2度目だった。契約者らからの問い合わせが相次いで営業の現場は混乱。保険を販売してきた営業職員とともに、足立たち責任者も顧客を回った。

 足立の前に座る経営者は、この日に最初の保険料を納めれば、申し込み手続きを終える手はずだった。そこに飛び込んできたニュース。保険金が正しく支払われなかった事例が、過去5年間で1053件あったという。

「だまされた」。経営者が、そんな疑念にさいなまれたとしても不思議ではなかった。

 薄暗い土間に、説明を繰り返す足立の声と営業職員の嗚咽(おえつ)が響いた。1時間ほどして、経営者がぽつりぽつりと語りだした。

 かつて店が火事になり、紙の顧客台帳や請求書がすべて燃えてなくなったこと。それをいいことに、灯油を買っていないとしらを切る客がいたこと。一方で、いつもは支払いを渋る客が「大変だね」と、わざわざ代金を持ってきてくれたこと。

「私も逆境でお客さんに支えられた。あなたたちは悪くないんだ。こういうときこそ、頑張れ」

 その夜、誰もいなくなった営業所で、足立は営業職員たちの日報に目を通していた。灯油店で泣きはらした、あの女性職員が記した言葉が忘れられない。

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