河又さんは、自作のPOPを出した途端にその本の周りに人が集まるという伝説があるほど、「神の手」系のPOP書きとして知られる。全国のリブロ店員が応募する社内POPコンテストで入賞したこともあるという。

 文章を書くのも、絵を描くのも大好き。学生時代は手紙を書くのが趣味で、友達に何十枚もの手紙を書いては送っていた。

「でも、ここで書くPOPはそれとは別のもの。本ってどれもプロのデザイナーが装丁しているのに、ただ置いてあるだけでは埋もれてしまうことも少なくない。だからお客さまにその存在に気づいてもらうためにPOPを作る。書くコピーは、一瞬で目に入る短文に限られます」

 コツは、決して説明しないこと。「人の温かさがしみじみ伝わるすばらしい本です」と書くより、「すごい!」の一言のほうが効果がある。

 また、感情だけで物を言ってもいいのがPOPの世界。

「かわいい!とか、なんだこれ?とか、自分がその本に最初に触れたときの引っかかりを、そのままコピーにすることが多いですね。アルバイトの『専門書なのに読みやすい』という独り言を使わせてもらったこともあるんですよ」

 文字の書き方にもPOPならではのコツがある。キレイに印刷された帯と共に置かれるので、わざと崩したり斜めにしたり。いわゆる「抜け感」を大事にしているという。

●共感ポイントを作る

 河又さんのPOPが瞬発力で人々の心を動かすとしたら、配慮の行き届いた、じわりと心に響く文章を紡ぎだすのが4人目の先生、「プロの代筆屋」中島泰成さん(36)だ。

 行政書士の資格を持ち、人生相談に乗って示談書や協議書、遺言書などを「書く」機会も多い。7、8年前、書くことで人助けをする売れない作家が主人公の小説『代筆屋』(辻仁成)に触発されて、代筆屋になることを決意した。

 ラブレターから謝罪文、「売ってください」「買ってください」というお願い文まで、何でも請け負う。多いのは片思いの相手へのラブレター、離婚した妻に復縁を請う手紙や企業の謝罪文。依頼人と面談したり、20~30 通ものメールをやりとりしたりして、毎月平均5通ほどの代筆の依頼を受けているという。

「依頼人の気持ちを客観的に整理整頓するのも代筆屋の仕事。心理カウンセラーのような側面もあります。依頼者の熱い思いを客観的にクールダウンして、わかりやすい文章に仕上げるようにしています」(中島さん)

「代筆した手紙が100通を超えたころ」に見えてきた極意は三つ。ポイントは「温度」だ。

 依頼人の思いを一気に書き上げたら、1千字程度にカットする。その後、一晩以上寝かせて読み返すことで、熱すぎる文面の「温度調節」をする。

「ひらがなを使うことの効能も感じています。一見、子どもの手紙のようになりますが、特にプロポーズの手紙やラブレターでは、熱い思いを冷やす効果がある。漢字で『優しい』と書くより『やさしい』としたほうが、読む人の心が動くことが多いですね」

「会話のトーンで文章をつづる」ことも重要だ。

「熱くなりすぎず、かといって冷たくならないようにする書き方のコツがコレです。会話なら、難しく複雑に考える前に、素直な気持ちをそのまま伝えようとしますよね。人の心を動かす手紙の“温度”があるとしたら、妙にこなれた文章より、会話の感覚に近いんじゃないかな」

 温度管理に注意しながら、たとえば謝罪文なら「自虐」を、ラブレターなら相手との「共通体験」を盛り込むことで、読む人の共感ポイントを作ることも忘れてはいけないという。

 そうして書き上げたプロポーズの手紙はこんな感じ。

「せめて100歳までは、/記念日を覚えています。/せめて100歳までは、/毎日きれいって言うよ。(中略)/せめて100歳までは、/あなたといたい。」

●歩き続けて疲れたら

 最後は、スタジオジブリ代表取締役プロデューサーの鈴木敏夫さん(67)の門をたたこう。

 鈴木さんは、ジブリ作品「風立ちぬ」の「生きねば。」や、「かぐや姫の物語」の「姫の犯した罪と罰。」など、数々の名コピーを生んだ、知る人ぞ知るコピーライター。詩人・茨木のり子氏の現代詩から作詞家・星野哲郎氏の流行歌まで、若い頃からたくさんの言葉に影響を受けてきた「言葉好き」だ。

 プロデューサーになってからは、ジブリ作品でコピーを手がけていた糸井重里さんの仕事を「自己流で勉強」し、いつしか自分でも作品のコピーなどを書くようになった。

「どうやって作るかって? 『風立ちぬ』の『生きねば。』は、宣伝プロデューサーと打ち合わせをしているとき、『風立ちぬ』と『風の谷のナウシカ』は一見まるで違うのにテーマが同じだな、なんて話になって。目の前にあった紙の裏側に、何げなくナウシカの最後のセリフ『生きねば。』を書いた。そうしたらプロデューサーが、『これ、使えますよ!』と、その裏紙を持っていっちゃったんです」

 その後、鈴木さんの味のある筆文字で清書された「生きねば。」は、同作品のポスターなどを飾ることになる。

 コピーだけでなく、筆やペン、パソコンなどで鈴木さんが描いた文字も秀逸で、「崖の上のポニョ」など多くの作品で採用されている。鈴木さんは、名デザイナーでもあるのだ。 

 押井守監督のアニメ映画「攻殻機動隊」の続編に「イノセンス」というタイトルをつけたのも鈴木さんだ。こちらは「何げなく」ではなく、考えぬいた末に舞い降りてきた言葉だった。

「タイトルをひねり出そうと、あてもなく外を歩いたんだよね。3、4時間は歩き続けたころ、疲れたんだろうね。心が無になって作品の骨格が不意に見えた。そしてイノセンスという言葉が頭に浮かんできた」

 歩いている間、考えていたのは、監督の押井さんのこと。

「自分を“押井守化”したんですよ。彼がタイトルを考えたら、どうなるだろうって」

●自己主張しないこと

 鈴木さんが「忍術」と呼ぶ、このなりきりワザを覚えたのは、雑誌「アニメージュ」の編集者時代。あるアニメーターの連載を毎月構成していたときのことだ。送られてくる原稿をたたき台にして、文章を組み立て直し、句読点を増やし、意味の通らない部分を補完する。1回分の書き直しに、たっぷり8時間をかけたという。

「これなら自分で書いたほうが早いなと思いつつ、根が凝り性だから、言葉遣いや語尾まで、まるでその人が話しているようにしてね。まさに、本人になりきったわけです。書き直したものを本人に見せると、『こう書きたかったんだ』と喜んでくれる。こんなに楽しい作業はないと思ったよね」

 冒頭に登場した古賀さんのやり方にも通じるこの方法。鈴木さんは、大切なのは「自己主張しないこと」だと話す。心を無にして、別の誰かになりきる。ときに宮崎駿監督になり、高畑勲監督になって言葉を紡ぎ、生まれてきたのがあのコピーたちだった。

 文才だけではなく絵心もある鈴木さんは、宮崎さんに「なりきって」、雑誌に載せる色紙にトトロの絵などを「代筆」したこともあるという。

「もう時効だから告白するけど、あまりにうまく描けたトトロを見た宮崎さんが、『偽造はやめてください』って顔色を変えちゃってね(笑)。僕が描いたトトロをジブリのスタッフが宮崎さんのトトロだと間違えたこともあった。こっちは、それがうれしくてたまらない。自分を前面に出して主張することより、人になりきって売り出しに力を貸すほうが、僕にとっては楽しいんですよ。いろんな人生を体験できるんだもの」

AERA 2016年1月25日号