
ぼくがジャズを撮るようになってまだ経験の浅かった1976年、ビル・エヴァンスに初めて会った。
物静かで知的な印象がそれまで聴き馴染んだ彼の音楽性とピタリと一致した。
「ジャズ初心者にためらいなく推薦できるピアニスト」と言われたビ ル・エヴァンスにぼく自身がジャズ初心者の頃じかに接することができたのはとても嬉しかった。
2年後に再び会って握手を交わした時、ぼくはビルの手に触って軽いショックを受けた。繊細にロマンティックに紡ぎ出される感動的なピアノ・タッチとはどうしても結びつかないほどボッテリむくんでいたのである。
それから更に2年、1980年にビルはニューヨークの病院で息を引き取った。後になって思うとあの時のむくんだ手はすでに病魔に侵され始めていた彼の死の予兆だったのかも知れない。
ビルは死のわずか一週間前までサンフランシスコのクラブ「キーストン・コーナー」に出演していた。病に侵され死の直前でありながらそれを一切感じさせない情熱的な演奏で、まさに最後の完全燃焼を果たしたライブ・レコードが残されている。
1991年、ジャズ・クラブ「キーストンコーナー」が東京にオープンした時、創設者トッド・バルカンの良き友であり、クラブにゆかりの深かったビル・エヴァンスの肖像を飾ることになった。バー・カウンターの横の壁に、ぼくがまだジャズ初心者の頃に撮ったビルの写真を大きく伸ばして掛けた。目を閉じて深く頭を下げた独特のスタイルで、ピアノに向かう姿をロー・アングルから写したモノクロームの写真。
'92年の暮れにこのクラブもクローズしてしまったけれど、毎夜そこで繰り広げられるセッションを最後の日まで見届けたビル・エヴァンスの写真パネル。……今はぼくのスタジオの壁面にあって、静かに目を閉じ……深く頭を下げている。
ビル・エヴァンス:Bill Evance (allmusic.comへリンクします。)
→ピアニスト/1929年8月16日~1980年9月15日