10月下旬、ダムの魅力を取材するため、秋が深まる“ダム王国”群馬を訪れた。首都圏の水がめとして数千万人の生活を支える利根川上流域を抱え、いくつもの巨大ダムが鎮座する。担う役割の大きさと豊かな個性がそろうことが、王国の王国たるゆえんなのだろう。
この国の“女王”との出会いは鮮烈だった。切り立った山肌沿いの右カーブ。川の流れによって視界が開けたその先から、雪山のような巨大な塊が視界に飛び込んできた。
奈良俣ダムである。その白い“体躯”が色づいた秋の渓谷に囲まれ、美しさが際立つ。大きさも女王の名にふさわしい。高さ158メートル。その稜線は、下流に向かって、ウエディングドレスのようになだらかに広がっていく。
見る者の感性を刺激する一方、女王を形作る美しさの背後には合理的理由がある。
その白色は、ダムの堤を主に構成する花崗岩(かこうがん)に由来するものだ。この花崗岩は、ダムから約4キロ離れた山から採掘された。関係者から「原石山」と呼ばれている場所。砕かれた花崗岩を一つひとつ積み上げてできたのが、奈良俣ダムなのだ。
「奈良俣ダムは、石と土からできた『ロックフィル』と呼ばれるタイプのダムです。天然の材料を建設地の近くで調達できたことから、セメントが原料のコンクリート製のダムよりも経済的だったのです」
独立行政法人水資源機構の山下祥弘・奈良俣ダム管理所長が、そう解説してくれた。
裾野が緩やかに広がるのもロックフィルダムの特徴。こうして巨大な体積を確保することで、水をせき止めるために必要なダムの高さと強さを獲得しているのだ。
「自然との調和とどっしりとした安定感が、女性のような柔らかい印象をもたらしているのでしょう。訪れる人の中には、母親のイメージを重ねる人もいる。奈良俣ダムは半永久的に残る。美しさが評判になるのはうれしいことです」(山下さん)
※AERA 2014年11月10日号より抜粋