
なかなか配給が決まらなかった巨匠テオ・アンゲロプロス監督の遺作「エレニの帰郷」(2008年)が、やっと公開にこぎ着けた。娯楽映画で知られる東映がなぜ配給?
「エレニの帰郷」は、監督が20世紀を主題にした3部作の2作目。エレニという女性を軸に、1950年代から2000ネンまでの歴史の世界を旅する愛の物語だ。監督は一昨年、3作目の完結編の撮影中に、交通事故で亡くなった。
ギリシャ出身のアンゲロプロス監督は、常に国境・境界をテーマに作品を撮ってきた。カンヌ国際映画祭国際批評家賞を受賞した「旅芸人の記録」(1975年)、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞した「アレクサンダー大王」(80年)、カンヌの最高賞であるパルムドールに輝いた「永遠と一日」(98年)など数々の名作を発表してきた。一つのシークエンスが10分から15分にもなる長回し、絵画のように計算された構図や色彩、CGとは無縁のスペクタクルなどで見る人を圧倒する。
どこから見ても商業主義とは無縁の、映画らしい映画だが、配給は意外にも東映だった。東映といえば、「ヤクザ映画」や「戦隊もの」「まんがまつり」など大衆娯楽作品が中心で、こうした「文化映画」を配給することはまずなかった。
なぜ東映だったのか。洋画を見る人の減少、単館系映画館の相次ぐ閉鎖など諸事情がある中、岡田裕介社長の決断が大きかった。
「会社で拒絶されたら個人で配給するつもりでした。腹をくくっていたので、だれも反対しなかったのかもしれません」
岡田社長の敬愛する3大映画監督は「テオ・アンゲロプロス、デビッド・リーン、黒澤明」。中でもアンゲロプロス監督は、
「これほど商売と関係なく、自分の言いたいことを作品としてつくってきた姿勢を尊敬する。私は俳優からプロデューサーとなり、経営者となったが、今、商売にならない映画はつくれない。彼自身、そういうこともすべてわかっていながら、自分の主張や作家性を重んじてきたんだと思う。一映画ファンとして、日本でアンゲロプロス作品が公開されないのは忍びない」
そんな岡田社長の強い思いは、監督と二人三脚でプロデューサーを務めてきたアンゲロプロス夫人の心を動かした。
「東映は子ども向け、商業向けなどたくさんの映画をつくってきた。アンゲロプロスの映画もおとぎ話の要素があります。夫は口癖のように『積極的に見てほしい』と言っていました。東映ならより幅広い観客に見てもらえるのでは、とお願いすることにしたのです」
※AERA 2014年2月3日号より抜粋