学生と、スーツを着たサラリーマンが多い一見、普通のバー。あえてここで飲みたい、ある理由がある。
東京・池袋にあるバー「とこなつ家」。マスターは、リクルートエージェント(現・リクルートキャリア)でキャリアコンサルタントを務めていた、鈴木康弘さん(32)。この店は「転職バー」と呼ばれている。
鈴木さんは、早稲田大学卒業後、リクルートエージェントに入社。営業成績トップを最年少で達成するなど活躍したが、2年半で転職、フィジーで日本人向け英語学校を経営するベンチャー企業に入社。本社の取締役に就任し、経営の経験もした。3年半勤めたあと2010年に退社し、現在までこのバーを経営している。
「バックパッカーだった学生時代からリゾート経営が夢でした。そのために大企業、経営者、飲食店を経験したいと思っていたので、変な経歴に見えるかもしれませんが、計画通りなんです」
開店当初は運転資金が8万円しかなく、ギリギリの苦しい状態だった。だが、カウンターでお酒を作りながら客のキャリア相談に乗っているうち、口コミが広がり、店は軌道に乗った。
「もともとは旅や音楽をバーのコンセプトにしたつもりだったんですけどね(笑)。気がついたら仕事の相談をしたいお客さんが過半数になっていたんです」
キャリア相談をしたい人で、バーは毎日大混雑だ。新卒者の相談にも乗っており、ハイシーズンの週末にはゼミを開催している。相談を受けた人数は、転職者で約700人、新卒者で約1500人にも及ぶという。
「メガバンクで人工衛星(地方転勤を繰り返すこと)になるくらいなら、他の会社でトップを狙ったほうがいいよ」
などと、鈴木さんはホンネで話す。聞き手は参考意見として受け止め、判断材料の一つにすればよい。
地方銀行と小売業大手に内定した理系大学の4年生に、鈴木さんはこうアドバイスした。
「地銀には東大や早慶の経済学部卒がたくさんいて、理系大学出身者は出世が難しいのでは。小売業は文系が多いので、理系は重宝されるよ」
就職浪人をしていた地方国立大の学生は、この店に来たことがきっかけで、営業のアルバイトを探し、社会経験を積んでから就職試験を受け直して、内定を得た。
※AERA 2013年10月28日号