──わたしはどこへ行ってもメニューを見ることがない。めんどくさいから。たまに編集者や偉いさんと会食するときも同じで、飲み物のほかはみんな、お任せ。若いころはそうでもなかったが、いまはどうでもいい。蕎麦屋ならざるそばかきつねそば、ラーメン屋ならラーメンか冷麺、お好み焼屋なら海鮮ミックス、ステーキハウスならアメリカ牛のリブロースと、いつも同じものを食って飽くことがない。

──しかるに、よめはんはそのたびにちがうものを注文する。それも小鉢がたくさんついたセットものが大好きだから、単品派のわたしとは当然のごとく値段に大差がつく。ちなみに、上にぎり御膳と赤だしは二千五百円、カレーうどんは八百円だが、太っ腹を装うわたしは文句をいわない。

 注文の品が来た。よめはんは自分が嫌いな鳥貝を小皿にとってわたしに寄越す。わたしはカレーうどんを小皿にとってよめはんに差し出す。夫婦におけるコンビネーションがほほえましい。

「ね、青酸ソーダて、どんな味?」
「すごい苦いやろ。強アルカリの塩やから」
「のまされたらどうなるの」
「内窒息やな。溺れたみたいに、もがき苦しむ」
「怖いね」
「怖いな」

 食べ物屋での会話ではないだろう。

週刊朝日  2020年2月21日号

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