半世紀ほど前に出会った97歳と83歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。今回は猫特集にちなんで猫の話。
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■横尾忠則「タマにおでん…猫は“人生の必需品”」
セトウチさん
今週の本誌は猫特集です。猫の話をさせて下さい。野良で迷い込んだ猫が15年ほどわが家の住人(住猫?)として共生共存してきましたが、6年ほど前に15歳で夭折(ようせつ)しました。最初わが家の勝手口から這入(はい)ってきて、すぐ居候してしまいました。間もなくするとお腹が大きくなってきたのでこりゃ妊娠だ、お腹に卵が入っている、だから、タマゴと命名したのですが、しばらくすると元に戻りました。
野良の清貧生活のあと、わが家でドカ食い(関西では過食のこと)したために、妊娠していると思ってあんな名にしたのですが、単にぼくの思い違いで、「ゴ」を取ってありきたりの「タマ」にしたというわけです。
そんなタマを偲(しの)んでレクイエムのつもりで、旅にはキャンバスと絵具を持参、ホテルで寝る前とか朝の時間、それから度々入院時には病室がアトリエになります。現在七十数点になったので、来春辺りに画集と展覧会を計画しています。
猫は子供の頃から何匹も飼い、上京して一軒家を借りた時は5、6匹、今の家でも多い時は7、8匹いて、交通事故に遭ったり、行方不明になっていつの間にか減ってしまいましたが、猫はぼくにとっては生活必需品なので、猫のいない生活は絵筆を取り上げられたも同然、ぼくのアートに決定的なダメージを与えてしまうので、猫の切れた人生は死そのものです。今や人生の必需品として手放せません。
現在、事務所に2匹、わが家に1匹。アトリエにも欲しいのですが、留守になることが多いので、思案中です。自分の年齢を考えると猫の方が長生きするので、アトリエは、難しいですね。猫は犬と違って我儘(わがまま)ですよね。アーティストが見習わなければならない点はここです。もうひとつ、猫の無為な生き方です。