黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する (写真=朝日新聞社)
黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する (写真=朝日新聞社)
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※写真はイメージです (Getty Images)
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 ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回はサイン会ついて。

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 ここ、七、八年、新刊が出るとサイン会をする。“する”というと、自分が主催するかのようだが、実際は版元の出版社が日時や場所を設定し、わたしはいわれるままに、ほいほいと指定されたところに出かけていく。今回は神保町の出版社で三百冊に署名、捺印(四角い落款印を捺[お]す)をし、しかるのち、有楽町の書店へ行く。そうして三日後に大阪梅田の書店で同じようにサイン会をするというスケジュールだが……。

 サイン会は楽しいか──。正直いうと、しんどい。しんどいけれど、おもしろい。わたしの本を読んでいただいている読者に直に接することができるから。

 初めてサイン会をしたのは『疫病神』が出版された年だったから、二十二年前になる。わたしは大いに不安だった。先輩の作家から「おれのときは二十人も来なかった。編集者とふたりで書店の折りたたみ机に並んで、ただぼんやり店内を見ていた。三十分で撤収した」というような話を聞いていたから、親類縁者はもちろん、テニスサークルの仲間から年賀状のやりとりしかしない小学校のころの知り合いにまで声をかけまくって、サイン会に来てください、と周知徹底した。

 事前工作が功を奏したのか、大阪難波の書店には四十人、梅田の書店にも四十人ほどのひとが来てくれて、なんとか面目をほどこしたが、その後、十数年、どの出版社からもサイン会のお誘いはなかった。その理由についてわたしは考察し、「おれって人気ないんかな。サイン会なんかしても売り上げには関係ないんかな」よめはんに訊(き)くと、ビジュアルに問題がある、という。

「どういう意味や」「ピヨコは顔が怖いやろ」「ま、そうかな……」「その怖い顔で愛想したりしたら、もっと怖いねん」「ようそこまでいえるな」「誰がこんなに正直にいうてくれるんよ。ビジュアルのいい妻なればこそやで」「ほう、次にサイン会したら隣に座るか」「座ってする夫婦(めおと)漫才なんか、見たことも聞いたこともないわ」

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