「事前にニュースとか調べて行ったんですが、そんな話どこにも出てなかった」
凄惨な事件があった村には似つかわしくない、屋根に「魔女の宅急便」のイラストをペイントした家を目にした。目立つ存在なのに報道が触れていなかったことを訝しむと、声をかけた眼鏡の男性から「こっちはハッピーじゃけね」との答えが返ってきた。
2013年夏、山口県内の山間で連続放火殺人事件が起きた。8世帯12人の集落で5人が犠牲となり、犯人の男の自宅には「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」と謎の貼り紙があったことから耳目を集めた。本書『つけびの村』(高橋ユキ著、晶文社、1,600円※税抜き)は、その事件を3年半後から取材したノンフィクションだ。
事件ルポながら、雑談を交えた長話が本書の特色だ。しかも他のライターなら削除するような一行が加わる。たとえば、先の男性を取材中、眼鏡の汚れが気になってしかたなかったことや、事件の話をしながら何度も「うふふ」と笑い声を出す知的な女性の描写など。
瑣末ながら、読者としては興味をそそられる瞬間だが、取材された人はこの描写を嫌がるのではと感想を伝えると、高橋さんは「よく意地が悪いといわれます」という。
「でも、“私”を出さなくてもいいんだったら、あそこまで書かなかった。『自分が何を見ているのかということは極力入れたほうがいい。そこが持ち味なんだから』と編集者に助言され、腹をくくりました」
執筆のきっかけは、「夜這い」の風習が村にあったとの噂があり、真相を探ってほしいという月刊誌からの依頼だった。
事件当時、都会からの帰郷者だった犯人の男が「村八分にあって復讐した」とネットに出ていた。だが、村人に話を聞いていくと、どうも話が違った。例の貼り紙も「犯行予告」とされていたが、異なる火災について書いたものだった。メディアがつくりだした「噂」について、一つずつ裏取りをしていく様子は、どことなくつげ義春の旅行記を読む印象に近い。