「そういえば、こんな患者さんがいましたね──」
年間300人以上の看取りにかかわる、わたホームクリニック(東京都葛飾区)診療部長の行田泰明医師には心に残っている患者がいる。60代の男性で膵臓がんを患い肺転移もあった。だが、家で過ごしたいと自宅に戻った。
「『家で酒を飲みたい』と言うので『どうぞ』と答えたら、なんとバーボンのビール割りをジョッキで飲み始めたんです。病院では飲めなかったからってね。男性がお酒を飲んでいる横で僕はたまった胸水を抜くこともありました」
男性はしばらくして亡くなったが、満ち足りた顔だったという。
「入院生活はカーテンで区切られているだけでプライバシーがなく、食事や消灯も時間が決まっていて、自由がない。在宅医療なら患者さんの望みを、100%は無理でも、ある程度はかなえることができます」(行田医師)
東京大学医学部で高齢者医療、緩和ケアに携わってきた、ふくろうクリニック等々力(東京都世田谷区)院長の山口潔医師の印象に残る患者は、40代の乳がんの患者さんだ。
「自宅での緩和ケアを望み、都内の大きな病院から戻ってきました。訪問診療でうかがうと、2人のお子さんに勉強を教えていたり、自分の病状を説明していたり。自宅での彼女は患者さんではなく、母親なんだな、と感じました」(山口医師)
2017年の厚生労働省「患者調査の概況」によると、在宅医療を受けている患者数(推計)は1日あたり約18万人。08年から増加している。「人生の最終段階における医療に関する意識調査」(14年)では、人生の最終段階を迎えた際、「末期がんだが、食事はよくとれ、痛みもなく、意識や判断力は健康なときと同様だったら、自宅で過ごすことを選ぶ」と答えた人が71.7%もいた。
慣れ親しんだ家での最期を考えるとき、障害になることの一つが「最後は苦しむのではないだろうか」という不安だ。手術や抗がん剤治療などでは進行を止められない場合、症状を抑える緩和ケアが行われるが、病院やホスピスのようなケアが自宅で受けられるか、やはり心配だろう。麻酔科医で、在宅緩和ケアの老舗病院で緩和ケアに携わっていた行田医師は言う。