黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する (写真=朝日新聞社)
黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する (写真=朝日新聞社)
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※写真はイメージです (Getty Images)
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 ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は幻の役満について。

*  *  *

 芸大のころの麻雀友だちが遊びにきたので、近くの店で食事をしたあと、家にもどって麻雀をはじめた。メンバーは、友だち、よめはん、わたし──。大阪では四人いても、三人打ちのサンマーをする。

 午前一時すぎ、荘家(おや)のわたしにまとまった配牌がきた。□(注:白い牌=ハク)が三枚ある。

 理牌(リーパイ)した。なんと、捨てる牌がない。

「なにしてんの。ボーッとして」よめはんがいう。

「いや、あがってるんや」

「なにが」

「天和(テンホー)」

 もう一度、手牌を確かめて倒した。

「ゲッ」よめはん、驚く。

「てっ、てっ、天和」

 わたしは立って万歳を三唱した。「者ども、この役満が眼に入らぬか。天下の役満、天和公なるぞ」

「へへー」友だちが平伏した。

「あほくさ」よめはんはブーたれる。

「写真や、写真。カメラ、カメラ」

 わたしは仕事部屋にあがって、A4のコピー用紙に赤のフェルトペンで日付と時間を書き、『天和和了(ホウラ)』と大書する。

 用紙を持って麻雀部屋にもどると、よめはんがカメラをかまえていた。わたしは椅子に座り、十四枚の手牌をきれいにそろえたのち、胸に用紙を掲げてポーズをとる。犯罪被疑者が逮捕後に撮影される逮捕写真のような気もするが、そんなことはかまわない。麻雀をする人間なら誰もが憧れる幻の役満、天和をあがったのだ。

「みごとやろ。輝かしい麻雀の歴史に、おれはまた新たな一ページを刻んだ。九蓮宝燈(チューレンポ―トー)をあがったら死ぬとかいうけど、天和をあがったらどうなるんやろな」

 よろこび勇んで、わたしはいう。よめはんはカメラをおき、「ピヨコちゃん、いつまでもハシャいでたら恥ずかしいよ」点棒を数えて点数を書く。冷静だ。

 ──よめはんを初めて見たのは、京都今野の芸大近くの雀荘だった。当時は珍しい赤い髪、花柄のワンピース、煙草をくゆらしながら、レモンイエローのマニキュアをした指で牌をツモっていた。「どこのホステスさんやろ」わたしは思った。祇園や花見小路あたりで見かける垢抜けたふうはない。京阪七条あたりのスナックか。「こういうのとは知り合いにならんとこ」と思ったが、あとで日本画科の、それも同期の学生だと知り、いっしょに卓を囲むようになった。

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