ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は金を持たない賭け事について。
* * *
某テレビ局の飲み会に誘われて、ほいほいと出席の返事をし、当日の午後七時、JR環状線福島駅前のレストランに行った。誰も来ていない。店がちがうのか。
「○○テレビの集まりて、こちらさんですかね」
スタッフに訊いた。「予約してるはずなんやけど。○本さんの名前で」
「ああ、それやったら明日ですよ。七時からでしょ」
「へっ、そう……」
ここでわたしはすべてを悟った。またやってしもたがな、と。日時のまちがいはわたしにとって日常茶飯事なのだ。
カレンダーにはちゃんと書いてあった。《×月×日19時・福島駅前の△△》と──。そこまではいい。用意周到といってもいい。しかしながら、わたしは今日が何日なのか、それが曖昧なのだ。
そう、家を出る前にカレンダーは見た。だが、その基準となる“今日”をまちがっていたのだから世話はない。文句をいっていくところもない。
わたしはすごすごと、一時間半もかかってたどり着いたレストランを出た。また電車に乗る気力は失せている。ふらふらとタクシーに手をあげて家まで帰ったら九千円もかかってしまった。「あれっ、どうしたん」とよめはんにいわれて顛末を話したが、タクシーで帰ったとはいわなかった。日頃から、無駄遣いはあかんで、と戒めの言葉をもらっているから。
その翌日、飲み会を断るべくメールを開いたら、旧知の元女子アナからメールが来ていた。“今日の集まりを楽しみにしています”と。“こちらこそ楽しみです”と変節の返信をしたのはいうまでもない。
──と、それがついこのあいだの話で、今日もまたやらかした。テニス同好会の誘いでいつものようにテニスコートに行くと、誰もいない。事務所に行って予約を確かめると、二時間前に終わっていた。すごすごとはせず家に帰ったが、テニスの時間のまちがいは年に五回くらいある。