石井ふく子さん(左)と京マチ子さん=2006年10月撮影 (c)朝日新聞社
石井ふく子さん(左)と京マチ子さん=2006年10月撮影 (c)朝日新聞社
昨年の誕生日で破顔一笑する佐々木すみ江さん=所属のアルファエージェンシー提供
昨年の誕生日で破顔一笑する佐々木すみ江さん=所属のアルファエージェンシー提供

 何歳になっても変わらない「らしさ」があった。ずっと貴婦人のようだった大女優。動けるうちは動きたい、と努めた90歳。よく生きて、よく逝った著名人の最期を追う。

【写真】昨年の誕生日で破顔一笑する佐々木すみ江さん

■京マチ子 看取った女優語る「何歳になっても貴婦人」

 愛称ワンタン。

 往年の大女優をして「ワンタンがいなければ生きられない」と言わしめた女優がいる。渡辺陽子さん(79)。5月12日、京マチ子さん(享年95)を看取った。

「京さんは3年くらい前から血流が悪くなり、股関節を悪くして歩くのが困難になっていらした。肺にも水がたまって、病院に通っていました。美しかった足も紫色に腫れて。だけど、杖をつくのは嫌っておっしゃって、壁やテーブルをつたって歩いていました」

 京さんは大阪府出身で、普段の会話は関西弁。

「かめへん、かめへん」
「無理したらあかんよ」

 という調子だった。

 OSSK(大阪松竹少女歌劇団)に入り、大映に引き抜かれ、数々の映画に出演した。

 映画「羅生門」(1950年)、「雨月物語」「地獄門」(53年)で、数々の国際映画賞を受賞。56年には米映画「八月十五夜の茶屋」でマーロン・ブランドと共演し、米ゴールデングローブ賞主演女優賞の候補入りするなど、国際派女優の先駆けだった。

 京さんと渡辺さんは66年に帝劇で上演された「源氏物語」に共に出た。

 若いころから、市川さんというマネジャーが京さんの才能を見いだし、身の回りの世話をしていた。その市川さんが約7年前に亡くなり、渡辺さんは京さんと急速に仲良くなる。いつしか毎日のように自宅に通うようになったという。

 京さんは7年ほど前から、女優の若尾文子さん(85)、奈良岡朋子さん(89)、テレビプロデューサーの石井ふく子さん(92)らと同じマンションに住んでいた。

「4人ともバラバラに住み石井先生の新年会に出席していたんですが、縁というのは不思議なもので、年がたって人間関係が絞られていくうちに同じマンションに住むようになったんです」

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上田耕司

上田耕司

福井県出身。大学を卒業後、ファッション業界で記者デビュー。20代後半から大手出版社の雑誌に転身。学年誌から週刊誌、飲食・旅行に至るまで幅広い分野の編集部を経験。その後、いくつかの出版社勤務を経て、現職。

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