
同時に3本ものサックスを吹いてしまう盲目のマルチリード奏者、ローランド・カーク(1935~1977)は当初色物扱いされていたが、彼の死後1980年代あたりを境にして再評価の動きが著しく、現在ではジャズの正統な系譜に連なる優れたミュージシャンとしてファンから愛聴されている。
カークは主たる楽器であるテナーサックスの他に、サックスの仲間であるマンゼロ、ストリッチ、そしてフルートなど、極めて多彩な楽器をそれぞれ巧みに吹きこなすが、その使い分けが実に理にかなっている。自分が目指す音楽的効果を冷静に計算しつくした上での楽器選択は、カークが本質的に備えている傑出した才能だ。
複数楽器同時吹奏のウルトラテクニックも、決して観客を沸かせるパフォーマンスだけが目的ではなく、異なる楽器の音色が融合した複雑なサウンドは、聴き手の想像力を羽ばたかせる特別の効果を持っている。同じテクニシャンでも、こうした高度な音楽的センスが他の技巧派ミュージシャンとカークを分かつところで、楽器や音楽の傾向が異なるのでわかりにくいかもしれないが、カークはマイルスがトランペットの個性的な一音で世界を作り変えてしまうマジックに近い音楽的資質を備えているのである。
単なるフレージングの魅力だけでなく、適切な楽器選択によって得られる独自の音色や、“一人ハーモニー”のワザを駆使して作られたカークの音楽は、聴き手に多様で広がりのあるイメージを与えてくれる。こうしたタイプのミュージシャンは、いわゆるハードバップ期には思いのほか少ない。そのあたりにも、ハードバップ全盛期のジャズシーンでは彼が正当に評価されにくかった原因があるのかもしれない。
このアルバムは時代の変わり目でもあった1968年に吹き込まれ、1曲のみトロンボーン奏者が参加しているが、基本的にカーク一人のワンホーン・カルテットである。もちろんカークの場合は、ワンホーンとはいえテナーサックス以外に、クラリネット、フルート、マンゼロ、フレクサホーン、イングリッシュ・ホーンなど多彩な楽器を自在に操り、独自の想像力を刺激する深みのある音楽世界を表現している。
このアルバムをきっかけとして、これ以前のオーソドックスなタイプの演奏や、70年代のポップ色を強めたユニークなアルバムの両方を聴くことで、彼の幅広い音楽世界を楽しむことが出来るだろう。
【収録曲一覧】
1. ブラック・アンド・クレイジー・ブルース
2. ラフ・フォー・ロリー
3. メニー・ブレッシングス
4. フィンガーズ・イン・ザ・ウィンド
5. 溢れ出る涙
6. クレオール・ラヴ・コール
7. ハンドフル・オブ・ファイヴス
8. フライ・バイ・ナイト
9. ラヴレヴリロキ
10. *Bonus Track
ローランド・カーク:Rahsaan Roland Kirk (allmusic.comへリンクします)
サックス:1936年8月7日 - 1977年12月5日