SNSで「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれるノンフィクション作家・山田清機さんの『週刊朝日』連載、『大センセイの大魂嘆(だいこんたん)!』。今回のテーマは「引っ越しの準備」。
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引っ越しの準備はなかなか捗らないものと、相場が決まっている。
この際、捨てられるものはみんな捨ててしまおうと思って何年も開けていなかった箱の蓋を取ってみると、中から小学生時代の切手帳が出てきた。
切手集めをしていたといっても、しょせんは小学生の趣味である。高価な切手など買えるはずもなく、切手帳の中身は消印の押された使用済み切手や当時発売された記念切手ばかりで、たいした価値はない。
切手帳の見返しに、鉛筆で何かが描いてあった。「月に雁」や「見返り美人」といった切手マニアなら誰でも知っているお宝切手の、稚拙な模写である。
小学生だった大センセイ、切手帳に高額切手の絵を描いて悦に入っていたのだろうが、自分がそんなことをしていたことなど、完全に記憶から欠落していた。
同じ箱に入っていた小学校時代のアルバムを開いてみると、何の憂いも屈託もなく友人たちと一緒にVサインをしている自分の姿が目に飛び込んできた。
大センセイ、学級委員を歴任する優等生であり、放課後はランドセルを玄関に放り込んだ切り、近所の腕白小僧たちと日が暮れるまで外で遊び回っているような、明朗快活な子供であった。
わが人生最良の時代、何もかもが黄金のように光り輝いていた時代と言ってもいいだろう。
そのアルバムの最終ページに、高学年のクラスの集合写真が貼ってあった。懐かしい四十数名のクラスメートの顔、顔、顔。全員の名前を言えるかどうか、ひとりひとりの顔を追いかけていって最後列の一番端までたどりついたとき、突如、四十数年前の光景が生々しく蘇った。
「この子のこと、いじめてた……」
仮に名前をAさんとするが(イニシャルではない)、Aさんはそのクラスで飛び抜けて背が高く、そして物静かな女の子だった。