『あしたのジョー』や『のたり松太郎』など、数々の名作を生み出した日本漫画界の重鎮、ちばてつやさん。17歳で漫画家デビューしてから63年経った現在も、連載を手掛けながら、大学の教壇に立ったり、新人賞の応募作品を審査したりと立派な現役。作家の林真理子さんがちばさんのお宅で、たっぷり話をうかがいました。
* * *
林:お母さまはすごく厳しい方で、『のたり松太郎』で、松太郎が中学の令子先生に襲いかかるシーンを見て怒ったそうですね。
ちば:小学館から掲載誌が送られてきたのを勝手に開けて検閲するんですよ。あの場面を見て「なんでこんなものを描くの!」「これは『ビッグコミック』といって30代から50代の人が読む大人の雑誌なんだよ」「大人の雑誌でも、父親が持って帰って子どもが読むでしょう。恥ずかしくないの? お母さんは恥ずかしい。世間様に顔向けできないっ」と言って涙ぐんで怒るんです。そんなことが何度かありました。
林:『あしたのジョー』(68~73年)については、お母さまは何とおっしゃってたんですか。社会現象的な大フィーバーになりましたけど。
ちば:あんまりピンときてなかったんじゃないでしょうか。「何をやってるんだか」と言ってましたよ、力石徹(ジョーのライバル)のお葬式が実際に執り行われたときとか。
林:力石徹が死んだときに、ファンの人たちが中心になってお葬式をしたんですよね。
ちば:私も編集の人たちも、みんなピンときてなかったんです。出版社に「なんで殺したんだ!」とか電話がジャンジャンかかってきて、「読者の反応がすごい」とは言ってましたけど、まさかお葬式をやるとはね。
林:ちょうど学生運動のころで、鬱屈した気持ちを主人公に重ねて、漫画というより、自分たちの分身として見て、哲学書みたいな感じでみんな読んで、そこから生き方を学んだり、討論したり。
ちば:反権力というか、強いものに巻かれるんじゃなくて抵抗して、自分の意見を言って筋を通すんだということに共感してくれたのかもしれないですね。「倒れても倒れても立ち上がるんだ」というのが、そのころの若者たちに共感を呼んだのかもしれないけど、あれは梶原一騎さんという方が脚本を書いてくれてね。