池谷:私は、文章を書いているときに言葉を選んでいるうちに書きたいことそのものが少し変わっていくことがあります。寄藤さんには、そういうことはありますか?
寄藤:あります。実際に描いていく中で変わることって、ありますよね。
池谷:ちなみに、デザインを最終形に仕上げるためには、どれくらいの時間が必要なんですか?
寄藤:今回の文庫版のデザインに関しては、3分ほどでした。
池谷:え? たった3分ですか。
寄藤:そうですね。装丁を始めた頃との一番の違いは、デザインを思いつく速度かもしれません。速度がすごく増しました。
池谷:世間のイメージでは、脳は若ければ若いほどよく動くというのがあると思うんです。「20歳を超えたから記憶力が落ちる」とか「40歳になったら、新しいことを始めるのは、もう無理」とか。でも、実は全然違うんですよね。脳の研究をしていて思うのが、10代の脳は多少の吸収力はあるかもしれないけれど、同じことを吸収するのに40代に比べて意外と時間がかかったりするんです。何か新しいものを吸収するには、受け皿が必要なんですが、10代だと人生経験が浅いから受け皿自体が少ない。だから、丸暗記するしか方法がない。でも、年を重ねた僕らはもうちょっと上手に、「この単語は、フランス語のあの単語と関連してるのかな」とか、結びつきを瞬時に思い浮かべられる。だから、実は30代以降、40代や50代のほうが脳は非常によく動くという側面があるんです。世間では、これを「経験値」というのかもしれません。ところで、芸術作品は、名作といわれるものは比較的、見る人全員その感覚が一致しますよね。あれは何なんでしょうね。
寄藤:確かに本の装丁もそうかもしれません。いい装丁というのは著者の名前や、書籍の内容を知らない人でも、見ただけですごく納得できるデザインになっている気がします。
池谷:私も、寄藤さんから装丁案を見せていただいたときに、これしかないと思いました。