ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。初回のテーマは「黒い川を渡って博打に行く一日から語ろう」。
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令和になった。めでたいか。そうでもない。しかしながらめでたいような連載の第一回につき、黒い川を渡って博打に行くわたしの一日から語ることにする。
わたしは昼の十二時ごろ起きる。枕元で寝ているオカメインコのマキも起きて、いっしょに隣室の仕事場へ行く。仕事場の八つの水槽で飼っているのはグッピーとサワガニで、この世話が三十分はかかる。まず水槽の底の水をポンプで吸って、ためおきの水を補充する。次にグッピーの稚魚をすくって、稚魚だけの水槽に移す。この時期は三十四匹前後の仔が産まれる(グッピーは卵胎生)から、けっこう手間がかかる。
グッピーに餌をやり、サワガニにも餌をやったのち、マキに声をかける。「マキくん、めし食おか」
そばで遊んでいたマキはわたしの肩にとまり、ふたりでダイニングに降りる。マキは移動するとき、“イクヨ イクヨ オイデヨ ゴハンタベヨカ”と鳴く。言葉の意味は分かっていないだろうが、そのときどきの状況でセリフをいうのはえらい。
よめはんも十二時ごろ起きてきて台所に立つ。わたしは庭に出て池の金魚に餌をやり、九つの睡蓮鉢にいるメダカと去年産まれのこども金魚に餌をやる。池の金魚は毎年、一万個ほどの卵を産み、ほぼ同数の稚魚が孵化するが、幼魚になって冬を越すことができるのは百匹ほどか。それが自然の摂理なのだろう。
そうしてダイニングにもどると、よめはんの手料理がテーブルに並んでいる。スープと大きな皿にいっぱいのサラダは定番で、あとは卵や魚、肉が出る。卵のほかはみんな昨日の晩飯の残りものだ。マキも同じテーブルで自分の餌を食い、パスタや素麺があるときは「寄越せ」という顔をするからソース抜きで少し食べさせる。マキは小さいころから麺類が大好きだ。
昼飯が終わると、わたしは湯を沸かす。コーヒー豆を粉に挽き、フィルターで淹れながら皿を洗う。