皿を拭いてダイニングボードにもどしたころ、コーヒーが入るから、ふたつのカップに注ぎ分ける。「マキ、お昼寝やで」というと、マキが肩にとまるから仕事場に連れていく。葉巻を一本、吸い口を切って麻雀部屋に降りると、よめはんがコーヒーカップをサイドテーブルにおき、自動卓の電源を入れて待っている。

 起家(チイチャ)はジャンケンで決める。なぜかしらん、ジャンケンの勝率は圧倒的によめはんのほうがいい。勝つとよめはんはケケケと笑い、「なんでそんなに弱いんよ」とえらそうにいう。敗因が分からないわたしは、「ハニャコちゃんが強いから」と卑屈に笑う。ちなみに、よめはんはハニャコといい、わたしはピヨコという。──よめはんは運動神経がない。動きがスローモーで喋るのも遅いから、わたしは戦後はじめて日本にやってきたアジアゾウのはな子を連想し、ハナコと呼んでいたのが経年変化でハニャコになった。わたしのピヨコは、落ち着きがなくピーピーとうるさいからだとよめはんはいう──。

 ふたり麻雀のルールは三人打ちと同じだ。我が家では半荘戦四回、だいたい一時間で終了する。もちろん金は賭けて、千円、ニ千円のやりとりになる。勝つとよめはんは奥歯が見えるほど大笑し、わたしは泣く。負けるとよめはんは怒り、わたしはなだめる。

 麻雀のあと、よめはんは画室に入って日本画を描き、わたしは仕事場にもどって原稿を書く。マキと麻雀が夫婦の接点にある。

週刊朝日  2019年5月31日号

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黒川博行

黒川博行

黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する

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