一般に農薬を使うのはよくない、とわれわれは考えがちだ。しかし、作物が病気になっては元も子もないわけで、例えば真菌感染に対して「農薬」は極めて重要だ。


 
 人間だって病気の時に薬を必要とする。植物だって同様だ。農薬というと、悪いイメージがついて回る。しかし、農薬だって「薬」なのだ。
 
 むろん、病気もないのにやたら大量に使いまくるのはブドウにも環境にもよくない。人間が必要もないのに抗菌薬や抗炎症薬を飲むのがよくないように。要するに「程度問題」ということだ。
 
 本書では、健康問題は「程度問題」である、というテーゼが繰り返される。あるもの(例えば農薬)がいいとか、悪いといった、単純な二元論はたいてい間違いなのだ、とぼくは主張し続けている。この話はあとで詳しく述べよう。

■微生物は人間の思惑などには全く関心を持たない

 ワインは微生物の恩恵(発酵)で造られる。しかし、そのワイン造りを邪魔するのもまた微生物なのだ。微生物がブドウに病気を起こし、結果的にワイン造りの邪魔をする。

 もっとも、微生物には、人間を助けてやろうという善意も、困らせてやろうという悪意もない。自然は人間の思惑とは全く無関係に、彼らの論理(?)で生きている。それが時に人間の生活に都合が悪く、時に便利な作用を起こすが、微生物は人間の思惑などには全く関心を持たない。

 というわけで、ワイン造りにはブドウだけでなく、微生物のケアも大事だ。例えば、細菌(バクテリア)に感染するウイルスをバクテリオファージという。これが細菌に病気を起こすことがある。細菌だって病気になる。細菌にだって感染症が起きる。
 
 乳酸菌はマロラクティック発酵(MLF)を起こして乳酸を作る。この話はすでにした。MLFがワインに独特のまろやかな香りを与えてくれるのだが、この乳酸菌がバクテリオファージに感染するとMLFが起こせなくなる。
 
 繰り返す。ワイン造りには、原料となるブドウにも、発酵時に用いる微生物に対しても十分なケアが必要なのだ。

◯岩田健太郎(いわた・けんたろう)/1971年、島根県生まれ。島根医科大学(現島根大学)卒業。神戸大学医学研究科感染治療学分野教授、神戸大学医学部附属病院感染症内科診療科長。沖縄、米国、中国などでの勤務を経て現職。専門は感染症など。微生物から派生して発酵、さらにはワインへ、というのはただの言い訳なワイン・ラバー。日本ソムリエ協会認定シニア・ワインエキスパート。共著に『もやしもんと感染症屋の気になる菌辞典』など