
桜井海さんが描くマンガ『おじさまと猫』1、2(スクウェア・エニックス、各815円/税別)について、早稲田大学助教でライターのトミヤマユキコさんが評する。
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世は空前の猫ブームである。90年代末からゼロ年代初頭までは、シベリアン・ハスキーやミニチュアダックスフント、チワワなどが流行する犬の時代だったが、今は完全に猫の時代。しかも猫の場合、自分で飼っていなくとも、道ばたで会えるのがいい(運が良ければ、撫でさせてもらえるのも最高)。神仏のありがたみは心で感じるしかないが、猫は実際にもふもふでき、秒速で幸せになれる。この御利益、ある意味神をも凌駕している。
マンガの世界でも猫は大人気だ。猫マンガはそれだけでひとつのジャンルを形成するほど大規模であり、それぞれの作品が、猫マンガ界の名作となるべくしのぎを削っている。
そんな猫マンガ戦国時代にあって『おじさまと猫』とは、これまたずいぶんと素っ気ないタイトルではないか。おじさまと猫が出てくるんだろうなあ。みんなそう思うだろう。が、それ以上を想像するのは難しい。しかし、ひとたびページをめくると、おじさまと猫が、思いのほか個性的で、ユーモラスで、しかも読者を泣かせにかかってくる。
物語は、ペットショップのシーンからはじまる。ショーウィンドーの中にいるのは、もうすぐ1歳になる名無しの猫。大幅値下げされているが、それでも売れない。「可愛くない」「成猫じゃん」「ブッサイク」「もっと小さい猫がいい~」……誰もこの猫を選ぼうとしない。ペット飼育の世界にもルッキズム(容貌による差別)はある。むしろ人間相手じゃない分、露骨である。
しかし、そんなブサイク猫を欲しがる人物が登場する。おじさまこと神田冬樹だ。猫は1年近く客のことを観察しているので、自分がどんな風に言われているかよく知っている。だからおじさまに欲しいと言われても、素直には喜べない。