ときどき、黒岩さんは夫の言葉を思い出す。

「車を運転するとき、私は近道を見つけては喜ぶタイプでした。でも夫はいつも『そんな数分早く目的地に着いたからって何になるの。もっとマイペースに行こうよ』と。その言葉を思い出しながら、ひとのために何かできればいいなと思っています。せかせかせずに、心おだやかに」

 慶応義塾大学大学院教授で、日本における「幸福学」研究の第一人者である前野隆司さんによると、高齢になっても幸せになれる人はやはり「利他的」で社会貢献に生きている人だという。

「第二の人生は利他的に生きるか、利己的に生きるかで幸せ度は全然違います。しかし普段、会社という組織の中で働いていると、どうしても外とのつながりを作る力が弱まってしまう。でも定年後いきなり地域社会にとけこむのは、とても難しいことです。できれば50代のうちから地域活動やボランティア活動などを始めたほうがいいと思います」

 そしてマウンティング合戦の癖を早々にやめること。

「ビジネスの場では勝ち負けがありますが、ひとの幸せに『勝ち』『負け』なんてないのですから」

 結局定年前にすべきことは、勤め人の根底にある意識の改革なのかもしれない。(赤根千鶴子)

週刊朝日  2018年12月7日号より抜粋