『ザ・ブルー・モーメント』リチャード・ウイリアムズ著
『ザ・ブルー・モーメント』リチャード・ウイリアムズ著

 20世紀を代表する変幻自在のミュージシャン、マイルス・デイヴィスに関する書籍は、これまで数多く出版されてきた。だが、『ザ・ブルー・モーメント』のアプローチに類するものはない。

 著者リチャード・ウイリアムズは、マイルスのもっとも名高いアルバム『カインド・オブ・ブルー』の制作を起点とし、芸術、哲学、音楽におけるムーヴメントが、1959年リリースのこの瞑想的でメランコリーな傑作に注入された経緯を描く。ピカソやマティス、あるいはイヴ・クラインの印象的なパレットが、青という色調を重んじる文化的気運に影響を及ぼし、ジャズを始めとする音楽によって表現された青は、"クールさ"を示すサウンドになった。

 ウイリアムズは、アルバムが改装されたマンハッタンのかつての教会で、わずか数時間のうちに奇跡的に創作された様子を綴り、レコーディングに参加した他のミュージシャンが果たした役割を明らかにする。本書は、サウンドの迷路を通して驚くべき方向へと向う20世紀後半の多様な音楽に作用した『カインド・オブ・ブルー』の影響力を大胆に探求するバイブルである。

『カインド・オブ・ブルー』は、マイルスのバンドメイト、ジョン・コルトレーンに深い共鳴を与えた。そして、彼らに心酔した前衛作曲家テリー・ライリー、スティーヴ・ライヒ、ラ・モンテ・ヤングが、ロック・ミュージックにそれを波及させ、ジョン・ケイル、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ザ・フー、ソフト・マシーン、ブライアン・イーノ、初期のロキシー・ミュージック、トーキング・ヘッズ、U2といったアーティストが感化を受けた。

 オールマン・ブラザーズは、長いインプロヴィゼーションによるジャム・セッションの中で、『カインド・オブ・ブルー』のパッセージをリメイクし、グレイトフル・デッドの長時間にわたるコンサート・パフォーマンスは、ジャズの演奏に負うところが大きかった。ジェイムズ・ブラウンの《コールド・スウェット》のもっともよくコピーされるリフは、やはり《ソー・ホワット》のリメイクだった。

 さらに著者ウイリアムズは、ドイツのレーベルECMが生み出した不朽のサウンドや、スーパーサイレント、ネックスといったミニマリストが演奏するインプロヴィゼーションの中にも、『カインド・オブ・ブルー』の残響を見い出す。ちなみに、ECMレーベルのエコーを効かせた陰鬱なサウンドは、キース・ジャレット、チック・コリア、ヤン・ガルバレクの作品を定義している。

 本書『ザ・ブルー・モーメント』は、今の時代のきわめて重要な音楽を巡る優れた探求の旅である。