上杉謙信・景勝が愛用した名刀「無銘一文字 山鳥毛(やまとりげ)」に5億円の値が付いた。日本刀は世界的なブーム。金融バブルで美術品が高騰する中で岡山県瀬戸内市が「買い取る」と名乗りをあげた。「地域の誇りを取り戻す」という市長の決断。名刀一口(ひとふり)5億円は、果たして高いか、安いのか。
山鳥の羽毛のような刃文(はもん)が美しいこの太刀は「上杉景勝自筆腰物目録」にも載る上杉家の所蔵品。鎌倉時代、備前長船(現在は岡山県瀬戸内市長船町)で造られ、通称「さんちょうもう」と呼ばれる逸品。国宝に指定されている。
「1月に所蔵家から売却の打診があった」と武久顕也瀬戸内市市長はいう。所有者は祖父の代に上杉家から買い取り、23年前から岡山県立美術館に管理を委託しているが、個人で持つには荷が重く、おカネに代える気になったらしい。
「国宝級の刀に値段はあってないようなもの。普通に売れば税金が大変です」と業者はいう。
美術品は取得原価と売却価格の差益に課税される。戦前に買ったものは、貨幣価値の激変で、取得原価は限りなくゼロに近い。有名なサザビーズなど海外のオークションに掛ければ世界の金持ちが競い合い、値はつり上がるが、売却価格にまるまる税金がかかってしまう。ところが自治体に売れば、税の特別措置で課税は免除。つまり所有者は無税で売れる。
「山鳥毛」の所有者は、瀬戸内市の前に、上杉氏ゆかりの地である新潟県上越市とも交渉していた。上越市は外部識者に鑑定を依頼し3億2千万円の価格を提示したが、折り合わなかった。
「ウチとはダメでした。その後瀬戸内市に5億円で打診したと聞いています」と上越市の担当者。
瀬戸内市も外部に評価委員会を設け、「5億円以上の価値がある」という評価を得た。この手の評価は、売買事例を参考に決めるのが普通だが、国宝級の刀剣が市場で売買された実績は最近ほとんどないという。
「文化庁が国宝級の美術品を民間から買い上げる時おおむね5億円という相場がなんとなくある」。評価委員の一人は言う。いわば「腰だめの数字」である。