俳優の安藤政信さんには演じている最中、“忘我”あるいは“無我”になれる時間がある。
「現場では、監督と共演者を愛したいという思いだけで、ずっとやっています。だから、役を演じているときは全然恥ずかしくないんだけど、撮影が終わって、役を離れた形で会うのは、俺はすごく恥ずかしい」
『夏美のホタル』『あなたへ』『虹の岬の喫茶店』(「ふしぎな岬の物語」として映画化)などで知られる人気作家・森沢明夫さんの恋愛小説『きらきら眼鏡』の映画化にあたり、安藤さんは、池脇千鶴さん演じるあかねの余命宣告された恋人裕二を演じた。
「オファーをいただいたのが、ドラマ『コード・ブルー-ドクターヘリ緊急救命-』で脳外科医役をやっていたときだったんです。“命”に向き合っていた時期に“命を救う側”ではなく、“救われる側”の立場を演じることに興味が湧いて」
2009年にはチェン・カイコー監督の「花の生涯 梅蘭芳」で海外進出を果たすなど、映画にドラマに幅広く活躍している安藤さんだが、20代の頃は、人に会うことをなるべく避けていたような時期もあった。
「監督やプロデューサーと会って話をしていても、『ピンとこないな』と思うと、その場では『あ、わかりました』と答えておきながら、あとでお断りしたことも何度か(苦笑)。人と会って話すのがイヤで、誘われても出かけなかったり。当時は、他人と目と目を合わせてしゃべるのがホントにキツかった。人に対しての寛容さを少しずつ身につけるようになったのは、30代も半ばを過ぎてからです。“それぞれの立場で、作りたい気持ちがあるんだ”という至極当たり前のことを、ようやく理解し始めた。結婚して子供が生まれてからは、明らかに変わりましたね。自分以外の人の目線でものを考えられるようになったと思います」