一方、『このくらい盗んでも店は困らないし、いいだろう』『今回だけは見逃してくれ』と身勝手なことを言ったり、認知症などの病気のふりをしてその場を切り抜けようとする人もいます」(伊東氏)

 伊東氏は、著書『万引き老人』(双葉社、2016年)で、万引きをする高齢者たちの素顔の数々を克明に綴っているが、中にはこんな事例もある。

 かつて伊東氏が下町の小さなスーパーで捕まえた万引き犯は、定年後も大きな不動産会社の相談役を務める68歳の男性だった。

 彼は高級国産車に乗ってきたことを自慢し、財布から札束を出して見せびらかす。一方、盗もうとしたのは複数のパック詰めの高級茶葉や魚の切り身。町内会の会合で配ってみんなを喜ばせたかったのだという。揚げ句、警察が臨場すると、「金は10倍払うから逮捕だけは勘弁してくれ」と暴れ出す始末。なんと、前科5犯で前月も罰金30万円を支払ったばかりだった。

「社会的地位が高かった人ほど、虚栄心が強いのでしょう。かといって、他人のために自分のお金を使うのはいやだという魂胆から万引きをしてしまうようです」(同前)

 高齢者による万引きの実態はさまざまだが、我々はこうした現状にどう対処すべきだろうか。その原因や背景として、これまでも貧困、社会的な孤立、精神疾患(主に認知症)などが指摘されているが、必ずしも明快ではない。

 たとえば、単純に高齢者の貧困問題を解決すればよいわけではない。東京都青少年・治安対策本部が17年に策定した「高齢者による万引きに関する報告書」によると、東京都内の高齢の万引き被疑者の経済状況は一般高齢者に比べてやや世帯収入が低いものの、意外なことに生活保護受給者はわずか1割強。借金がある者も1割に満たず、客観的に生活が困窮している者は少なかった。

 それにもかかわらず、主観的に「自分の生活は苦しい」と感じている者が半数で、こうした感覚や将来の不安がストレスとなって万引きにつながっているのではないかと指摘されている。

 さらに、こうした生活困窮感や不安は日常生活で他人との交流が少ない者にみられる傾向があったといい、社会的な孤立の影響もうかがえる。

 また、伊東氏が言うように中には病気のふりをして罪を免れようとする高齢者もいる。実際、執行猶予中に万引きを犯した高齢者であっても、認知症のために万引きを繰り返してしまうという理由で再び執行猶予付きの判決が出る例もあるが、詐病であるかどうかをきちんと見極め、認知症を言い訳にして万引きを繰り返せば繰り返すほど罪が軽くなってしまうような状況は防がなければならない。

 このように高齢者の万引きの背景にはさまざまな要因が絡み合っており、個々人の事情や経緯も踏まえれば事態はなおさら複雑だろう。(稲葉秀朗)

週刊朝日  2018年8月3日号より抜粋