すべての伝記は成功するまでの歩みがおもしろいと言われる。それはこの本も例外ではない。加えて評論や随筆的な要素もある。たとえば「北国の少女」のモデルの一人とされる高校時代の恋人の家の錆びたブランコに案内されたシェルトンは、そのブランコに映画『市民ケーン』の失われた子供時代を象徴する〈バラのつぼみ〉の謎を連想する。

 圧巻は、人気が爆発した65年、殺人的な日程が組まれたツアーの移動中に深夜の飛行機で行なわれたインタビューだ。自意識の塊のようにも見える語気荒いディランが、ここでは自分の歌が依拠する立場を謙虚な省察をこめて説明している。

 アメリカのポピュラー音楽には、産業化されたものだけでなく、人々の暮らしに支えられた草の根的な多彩な音楽の伝統がある。それをふまえて活動していた彼にとって、音楽は「自己表現」や「自分探し」や「金儲け」にとどまるものではなかった。彼から次のような言葉を引き出せたのはこの本ぐらいだろう。

「(称賛は)ぼく自身に対するものじゃない。曲に対するものだ。ぼくは郵便配達員にすぎない。この世界でぼくが届けられるのは曲だけだ」

 この本の記述は、3分の2以上60年代の活動と作品について割かれ、70年代で終わる。だから「新しい」ディランについて知りたい人には向かない。他の本で知られていることも多い。しかしノーベル賞の審査員より何十年も前にディランの活動を確信をもって多角的に評価していた人物がいたことは記憶されていい。(音楽評論家・北中正和)

週刊朝日  2018年7月27日号

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