「私ね、毎日店番していると退屈な時間もあるからさ、この鉢植えをじっと観察したりしているわけです」

 タケさんが指さしたのは、北向きの日当たりの悪い店内で、ほとんど葉っぱが落ちて枯れかけている観葉植物であった。

「ほら、見てください。どこから来るのかわからないけど、蟻が茎を上ってきて、葉っぱの先の露だか蜜だか、何かを吸っては戻っていくんですよ」

 なるほど、観葉植物の細い茎をよく見ると、往きと還りの蟻がせわしく行き交っている。

 大センセイ、さして感心も感動もしなかったのだが、タケさんのひと言に、虚を突かれた。

「大自然って、こういうことですよねぇ」

 ダイナミズムには著しく欠けるけれど、ナイアガラの滝やオーロラを見に行かなくても、ジンベイザメと泳がなくても、人間は大自然を感知することができるのかもしれない。

『フライド・グリーン・トマト』は、ニニーがかつて親友とともに経営していたカフェの横を、エブリンと並んで歩くシーンで終わる。カフェはすでに廃屋になっている。ニニーが、

「長い時が流れたのよ」

 と呟くと、エブリンが静かにうなずく。

 先日、久しぶりに阿佐ケ谷に行く機会があったが、ビデオ7のあった場所には新しい建物がたっていた。

 タケさんの行方はわからないが、大センセイ、蟻ん子の行列を見るたびに、黒縁メガネをかけ擦り切れたデニムのエプロンをした、真面目一点張りのタケさんの横顔を思い出す。

週刊朝日 2018年7月6日号

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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