「私ね、毎日店番していると退屈な時間もあるからさ、この鉢植えをじっと観察したりしているわけです」
タケさんが指さしたのは、北向きの日当たりの悪い店内で、ほとんど葉っぱが落ちて枯れかけている観葉植物であった。
「ほら、見てください。どこから来るのかわからないけど、蟻が茎を上ってきて、葉っぱの先の露だか蜜だか、何かを吸っては戻っていくんですよ」
なるほど、観葉植物の細い茎をよく見ると、往きと還りの蟻がせわしく行き交っている。
大センセイ、さして感心も感動もしなかったのだが、タケさんのひと言に、虚を突かれた。
「大自然って、こういうことですよねぇ」
ダイナミズムには著しく欠けるけれど、ナイアガラの滝やオーロラを見に行かなくても、ジンベイザメと泳がなくても、人間は大自然を感知することができるのかもしれない。
『フライド・グリーン・トマト』は、ニニーがかつて親友とともに経営していたカフェの横を、エブリンと並んで歩くシーンで終わる。カフェはすでに廃屋になっている。ニニーが、
「長い時が流れたのよ」
と呟くと、エブリンが静かにうなずく。
先日、久しぶりに阿佐ケ谷に行く機会があったが、ビデオ7のあった場所には新しい建物がたっていた。
タケさんの行方はわからないが、大センセイ、蟻ん子の行列を見るたびに、黒縁メガネをかけ擦り切れたデニムのエプロンをした、真面目一点張りのタケさんの横顔を思い出す。
※週刊朝日 2018年7月6日号