丸山茂樹(まるやま・しげき)/1969年9月12日、千葉県市川市生まれ。日大で活躍、アマ37冠で92年にプロ入り。日本ツアー通算10賞。2000年から米ツアーに本格参戦し、3勝。02年に伊澤利光プロとのコンビでEMCゴルフワールドカップを制している丸山茂樹(まるやま・しげき)/1969年9月12日、千葉県市川市生まれ。日大で活躍、アマ37冠で92年にプロ入り。日本ツアー通算10賞。2000年から米ツアーに本格参戦し、3勝。02年に伊澤利光プロとのコンビでEMCゴルフワールドカップを制している
(左)中野信子(なかの・のぶこ)/脳科学者・認知科学者。1975年、東京都生まれ。東京大学工学部を卒業し、東大大学院医学系研究科で医学博士号取得。フランス国立研究所で研究員。2015年から東日本国際大学教授。著書に『ヒトは「いじめ」をやめられない』など。(左)中野信子(なかの・のぶこ)/脳科学者・認知科学者。1975年、東京都生まれ。東京大学工学部を卒業し、東大大学院医学系研究科で医学博士号取得。フランス国立研究所で研究員。2015年から東日本国際大学教授。著書に『ヒトは「いじめ」をやめられない』など。
(右)丸山茂樹(まるやま・しげき)/1969年、千葉県生まれ。日大で活躍、アマ37冠で92年にプロ入り。日本ツアー通算10勝。2000年から米ツアーに本格参戦し、3勝。02年に伊澤利光プロとのコンビでEMCゴルフワールドカップを制している。(撮影/小暮誠、衣装協力/HANABISHI)
 2013年の春に始まり、250回を迎えた丸山茂樹氏の連載「マルちゃんのぎりぎりフェアウエー」。今回はスペシャルバージョンとして5月2日に脳科学者の中野信子さんをゲストに迎え、いまの悩みに対してさまざまなアドバイスをいただきました。

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丸山:今年の1月にラジオ番組でお会いして以来ですね。実は僕、3日後(5月5、6日)に久々の試合があるんですよ。何かいい心構え、ありませんか?

中野:緊張されてます?

丸山:はい。妙な緊張感があるんです。2005年ぐらいからドライバーのイップスを抱えてて、さらに左手親指の付け根を痛めて。人前でパフォーマンスするにあたって、これまでは自信満々で「見てください」って気持ちだったんですけどね……。

中野:ざわざわ感があるのが、勝負前なら普通の状態だと思います。試合という戦闘状態に向けて、ノルアドレナリンやアドレナリンの分泌が増えて、血糖値や血圧が上がったり、心拍数も増えたりするんです。そんな中で体がそれを感知して脳へ「ちょっといつもと違う」って情報を戻します。その結果、ざわざわ感が生まれてるんです。

 面白くないですか? 自分が命令出しといて、自分で「おかしい」と感じるんです。脳もそんなに頭よくない。こんなときには、まず第一歩になるのが第三者的な目で見る視点を持つことです。しかも、体を使う勝負なら、逆にノルアドレナリンが出てないと困るという事情もあるわけです。

丸山:緊張があった方がいいって言いますもんね。

中野:完全にリラックスすると、せっかく体が戦う状態にしようとしているのに、それを妨げちゃう。適度の緊張感があるのは、むしろいい証拠と思うのも手かなと考えてます。

 丸山さんは結構、不安の強い人ですかね?

丸山:そうです。おっしゃるとおりです。

中野:日本人には不安傾向の高い人が97%もいて、この割合の多さでは世界一なんです。

丸山:絶対そうですよね。

 
中野:不安さえうまく使いこなすことができれば、日本人の高い能力を発揮できる。それには不安から目をそらさないことなんです。アメリカのシカゴの高校で、落とすと留年するという数学のテストで実験をしたという研究があります。成績がほぼ同じ二つのクラスに対して、テスト直前の10分間に別々のことをさせる。一方には自由に文章を書かせて、もう一方には「この試験でミスしたら留年だから、心配なことを書き出してみよう」と指示するんです。すると、後者の方が、1割ほど成績がよくなったというのです。

 この研究が示唆するのは、自分の不安を客観視するために有効な操作が、パフォーマンスをよくするという可能性です。一般的に「ポジティブなイメージだけしろ」と言いますけど、逆効果になる人が実は相当数存在するんですね。丸山さんもそちらの方かもしれないです。不安傾向が高いけれども優秀な人って、ポジティブにしていなさい、と言うと、かえって逆のことを考え続けてしまうんです。

丸山:ああ、わかります。緊張感が現れたのは30歳ぐらいのときからです。初めてアメリカで優勝した試合はプレーオフになりました。そのとき「勝ったらメインランド(アメリカ本土)で優勝する初の日本人だな」って思って。緊張感が確実に自分に伝わってくるようになった。それが重なって、イップスにつながったと思うんです。

中野:20代と30代の脳は少し違います。とくに20代前半の脳は前頭葉、前頭前野という場所があまり発達していなくて、行動を自分で制御したり、自分の振る舞いを客観的に見たりできない。ひとことで言って未熟なんです。30歳ぐらいになるとその部分が完成してくるので、「客観的に自分ってどうなの?」っていう視点がより強くなるんです。

丸山:確かに。20代のときは人が前から歩いてきても、よけたことなかったですから。いまは「謝った方が勝ちなんじゃない?」っていうぐらいに丸くなったな。ハハハハ。

 
中野:成長されたんですね。ワハハハ。それは前頭前野の機能でもあるし、もう一つは経験の記憶があるので、それに行動が沿っていくんですよ。20代のころは、先輩方を追いかける立場でもあったわけですね。

丸山:そうでした。

中野:その立場だと失うものもないですから。不安傾向が大きい人は、追いかける方が楽なんですよ。追われる立場になったとたんに、失う可能性のあるものがたくさん見えてきて、立ちすくむことがあります。

丸山:ほおおおーー。

中野:不安傾向の強い人にとって、一番つらいところかもしれません。トップを維持し続けるのは大変だと言いますけど、とくに日本人には心理的な負荷が高くて大変かもしれませんね。

丸山:うーん、すごくよくわかる気がします。

中野:日本のプロゴルファーが世界に出て行って苦しむのって、丸山さんはどんな要因が大きいと考えてらっしゃるんですか。

丸山:それは日本が素晴らしすぎるからです。海外に比べて、何もかもきれい。アメリカは雑ですよー。そして池が多い。ずーっと日本でやってると、アメリカのタフなコースに心が折れる。松山英樹と石川遼の違いもそこですね。

 二人は同学年ですけど、英樹はポーンとアメリカに出たのに対して、遼は日本ツアーで5年間やってからですから。その間、「遼くん」ってヨチヨチされすぎたんです。アメリカに行ったら、ギャラリーにほとんど関心を持ってもらえない。僕なんかは、「ヒジキ・ムラヤマ!」ってコールされましたから。

中野:ええー。

丸山:俺のこと誰も知らねえ~、って。それが心地よくて、少し頑張れたんです。遼はその無関心が許せなかったようなんです。このヨチヨチ環境が世界との壁なんじゃないかと。

中野:なるほどなあ。丸山さんは不安傾向が高いわりに、自己評価は結構高いんですね。ほんとはこれぐらいできるはずだと、ちゃんと信じていらして、そこを崩されるのは好まない。だから自分で自分を徹底的にいじめられる。

丸山:大好きです。

中野:だからこそ達成できたものがかなりあると思います。メンタルを調整するためにできることは、自律神経への働きかけなんですが、普通は簡単にはできません。「自律」神経というくらいですから。しかし、呼吸は自律神経とリンクしてますから、これを利用して整えていく方法があります。深呼吸が勧められるのは、自律神経に「そんなに不安にはなってないよ」と教えていくことができるから。言葉では自律神経がなかなか思いどおりになってくれないので、操作には工夫がいるんですよね。

丸山:先生と話してると楽しくいけそうな気がしてきました。ミスしても、俺らしくいっちゃえばいいんだって思えました。ありがとうございました!

(構成/朝日新聞総合プロデュース室・篠原大輔)

週刊朝日  2018年6月1日号