
お人好し、クセモノ、悪人など、あらゆる役柄を「ハマリ役」にしてしまう実力派俳優の小日向文世さん。下積み時代の苦労から、ご家族の幸せそうなエピソードなどを作家の林真理子さんが伺いました。
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小日向:林さんって舞台に立ったことあるんですか。
林:ありますよ、何度も。
小日向:えっ、何度もですか?
林:素人劇団とか素人ミュージカルですけど(笑)。
小日向:それでもすごいじゃないですか。
林:遠藤周作先生の「樹座」という素人劇団にも入ってましたし、8年くらい前にも文化人が集まって大ホールで坂本龍馬のミュージカルをやりました。感動のあまり、出てる私が泣いちゃいましたよ。お客さんもスタンディングオベーションで。
小日向:すごいじゃないですか。「やり切った」という役者の思いと、「きょう来てよかった」というお客さんの思いが劇場の中で一体になったとき、感動が起きるんですよね。
林:龍馬を宝塚の男役トップだった姿月あさとさんがやってくれて、私が妻のおりょうをやったんですけど、そのうち本当に姿月さんのことが好きになっちゃって。夢の中に毎晩、姿月さんが出てくるんですよ。私の最近の人生で、あの稽古場での日々が、いちばん幸せでしたよ。
小日向:そんなにいい思いをしてるんだったら、また舞台に立ちたいんじゃないですか。
林:やりたいです。だから蜷川(幸雄)さんが始めた年配の人たちの劇団(「さいたまゴールド・シアター」)に応募しようかと思って。あれは60歳以上ですよね。
小日向:今の60代は若いですからね。80歳ぐらいになって、セリフ忘れても「イヒヒ」って笑ってごまかすぐらいの図々しさを持って舞台に立てたら楽しいだろうなと思いますね。
林:食べられなくても舞台をやり続ける役者さんの気持ちもわかりますよ。小日向さんは今、そういう若い劇団員たちの憧れなんじゃないですか。
小日向:結婚したり子どもができたりしたときに、役者として稼いで家族を養っていきたいというのが、若い劇団員の最初の目標でしょうね。そのためには映像もやらなきゃなりませんが、僕らのころは「映像はダメだ」と言われたから、ほんとにしんどかったですよ。朝から晩まで稽古ですから、アルバイトもろくにできない。でも、周りはみんな同じように貧乏でしたから、それはそれで楽しいんですね。