北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。作家、女性のためのセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表
昨年起きた新幹線の“亀裂騒動”について(※写真はイメージ)
作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。今回は、昨年起きた新幹線の“亀裂騒動”について。
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新幹線の台車の亀裂の映像が、頭から離れない。12月11日、博多駅を出発したのぞみ号が、異臭や異常音を確認しながらも、名古屋まで走り続けてしまった重大事態。鋼鉄製の台車枠の亀裂は、あと3センチで完全破断だった。あと1センチ亀裂が入れば、あっという間に破断していただろう。出発して1時間後には、乗客からもやがかかっていると、声もあがったという。それでも止められなかった時速300キロは、いったい誰のためのものだったのだろう。
生と死の境目は、たったの数センチ。そして私は、自分がその新幹線に乗っていたような、というより、今、正にそのような車両に乗っているのではないのかという不安を抱えていることに、生々しい鋼鉄の亀裂を前にして気がついた。危機が迫っているのを感じながらも、降りたくても降りられない、止めたくても急には止められない、そんな感覚は、今の日本で多くの人が味わっているものではないか。
保守担当者が電話で運行の指令員に「安全をとって新大阪で床下(点検)をやろうか」と言ったときに、指令員が上司に横から報告を求められたので受話器を耳から外して聞き逃した、とJR西日本は発表していた。あまりのことに記事を二度見したが、本当にそう書いてあった。こんな報告、真顔でされるこっちの身にもなってほしい。だけれど、こんなマヌケな言い訳が許されるほど、私たちは鈍くなっているのだと思う。
中近世、日本人の時間の感覚は今と全く違うものだったという(網野善彦さんだったと思うけど思い出せない。おわかりの方、教えてください)。現代人は未来に向かって前を向いて歩く時間感覚を持つが、中近世日本人にとって、時間とは首根っこをつかまれ後ろにぐわーっと引っ張られるものだと。「後」が、背後を表す(うしろ)一方、近い未来を表す(あと)言葉であることなどから、当時の人にとっては、過去はよく見えるが、未来は見えない、それは後ろに引っ張られるものだから、というイメージだったのだという。
その時間イメージを聞いたとき、当時の人は、誰が首根っこをつかんでいると考えていたのだろうと思ったが、今の日本は、マヌケな車掌に首根っこつかまれ、超高速の危険列車に乗せられ、全力で後ろ向きに闇に向かって走っているようなものだと思った。破断まで、あと少しだ。
まともな電車に乗りたい。今年こそはと願う。
※週刊朝日 2018年1月19日号