井上章一(いのうえ・しょういち)/1955年、京都府生まれ。国際日本文化研究センター教授。専門の建築史・意匠論のほか、日本文化について、あるいは美人論、関西文化論など広い分野にわたる発言で知られる(撮影/写真部・小山幸佑)
井上章一(いのうえ・しょういち)/1955年、京都府生まれ。国際日本文化研究センター教授。専門の建築史・意匠論のほか、日本文化について、あるいは美人論、関西文化論など広い分野にわたる発言で知られる(撮影/写真部・小山幸佑)
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 千年の都、京都の暗部を実名入りで書いた『京都ぎらい』は26万部のベストセラーになった。一昨年の出版からさまざまな反響が寄せられる中、今月、「官能篇」と題した第2弾が発売された。どんな思いで書いたのか、著者で国際日本文化研究センター教授の井上章一さんに聞いた。

 1作目の『京都ぎらい』は「京都にはいやなところがある」の一文で始まり、京都の中心部、洛中に住む人々が周辺の洛外の住民をいかに見下しているかが語られる。洛外の嵯峨で育った井上さんが洛中で受けた仕打ちの数々も明らかに。

 京都の人ならうなずく話だというが、あえて活字にしたことで洛中人の反発はなかったのだろうか。

「憤っている方もいたと思いますが、この書き手は本当のことを書こうと努めていると好意的にとらえてくださる方もいはりました」

 と穏やかに語る。洛中の烏丸通三条にある書店では、「ほんとうは、好きなくせに」という宣伝ポップが付けられた。読者からは、こんな内容の手紙が届いた。

「よその町から嫁いできて40年、言うに言われぬ苦労をしました。よくぞ書いてくださった……」

 心底、書いてよかったと思ったそうだ。

「だけど考えてみると、あの町で300年、400年暮らし続けるのは大変なんですよ。守らなければならないしきたりとか、近所とのお付き合い、こんなことしたら親戚が許さへんという縛りの中で暮らしている。気楽に好きなことをしている洛外の人をいじめたくなる気持ちが、わからんわけではありません」

 そもそも京都についての本を依頼されたとき、よくある京都礼賛本を書くつもりはなかった。それでもいいと言われて、京都の周辺で生きてきた約60年間に積もり積もった思いを、半ばやけくそになって1作目に込めた。編集者から「もう少し表現を穏やかに」と言われるかと思ったら、そのまま出版され、みるみるうちに26万部を突破した。

 もうネタはないと続編は考えていなかったが、

「売れるというのは恐ろしいですね。京都の町を歩いていると、これはネタになるなと、ネタ探しを始めている自分がいた」

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