西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。帯津氏が、貝原益軒の『養生訓』を元に自身の“養生訓”を明かす。

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【貝原益軒 養生訓】(巻第二の2)
家に居て、
時々わが体力の辛苦せざる程の労動をなすべし。
(中略)常に身を労動すれば気血めぐり、
食気とどこほらず、是養生の要術也。(巻第二の2)

 養生訓では、体を動かすことの大事さを説いています。体を動かすと気血がよくめぐり食も滞らない。これが養生の要点だというのです。

 また秦の宰相、呂不韋(りょふい)が諸家の学説を集めて作った『呂氏春秋(りょししゅうじゅん)』の中から、「流水不腐」のくだりを引用して以下のように語ります。

「流水はくさらないが、たまり水はくさる。扉の開け閉めする軸には虫がくわない。このふたつは常に動いているから、わざわいがない。人の身もおなじことである」(巻第二の3)

 益軒は体を動かすことを、「労動をなすべし」といいます。人偏のない労動ですが、労働と同様、働くという意味があります。ただ体を動かすだけでなく、働いて体を動かせというところがいいですね。

 以前に取り上げた「家業に励むことが養生の道」(7日25日発売号)に通じるところがあります。フィットネスクラブで機械の上で走っているより、家の掃除でもして体を動かした方がいいということでしょう。

 がんや認知症の予防にも、適度な運動がプラスになるというのは、西洋医学の立場からも言えることです。

 ひとつには、筋肉を動かすことによって、体内の温度が上昇して免疫力を向上させるという効果が期待できます。

 
 最近では、筋肉から分泌される様々なホルモンの存在がわかり注目されています。その様々なホルモンを総称して、マイオ(筋肉)+カイン(作動因子)でマイオカインといいます。

 その数は30種類以上あり、大腸がんのアポトーシス(がん細胞が自然死して消えてしまう現象)を促したり、肥満や糖尿病を抑制したり、脂肪肝や動脈硬化を改善したりと、私たちの健康維持に様々なかたちで貢献しています。

 さらに、マイオカインのひとつであるアディポネクチンには、大脳にある海馬の神経が新しく作られるのを促す働きがありそうです。うつ病や認知症の予防につながる可能性が見えてきているのです。

 このマイオカインは筋肉を動かすことによって分泌されますから、体を動かすことが大事だということになります。

 体を動かすことの基本は歩くということでしょう。歩けなくなれば、ぐっと運動量が減ってしまいます。様々な原因で歩けなくなってしまうことを最近ではロコモティブ症候群と名付け、その予防に力を入れるようになっています。

 高齢になって歩行ができなくなれば、介護の面からも負担が高まります。何歳になっても歩くようにする、そしてこまめに体を動かすということが、豊かな老後を過ごすための養生なのです。

 ちなみに私は、理想の死に方をいくつか考えているのですが、そのひとつは居酒屋のドアノブに手をかけて、バタリと倒れるというものです。

 ですから、近くの居酒屋までは、最後まで何とか歩いていきたいと思っています。

週刊朝日 2017年9月15日号

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帯津良一

帯津良一

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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