ジョン・コルトレーン『ソウルトレーン』
ジョン・コルトレーン『ソウルトレーン』
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●「箱男」の主張

 私の友人に、無類のCDボックス・セット好きがいます。彼を密かに「箱男」と呼んでいる私ですが、「なんでそんなにボックス・セットを集めるの?」と尋ねてみますと、「単品を買い集めるより安上がりだし、たいてい録音順に並んでいるから演奏スタイルの変化も掴みやすいし、CDの収録時間ギリギリまで音楽が入っているから効率よく聴ける。分厚い解説書もついているし、なによりも"オレは全集を買ったんだ、持ってるんだ"という充実感がたまらない」とのことでした。

 私も何度か彼の部屋にお邪魔したことがありますが、なるほど確かにボックス・セットの山がそこらじゅうにありました。ビル・エヴァンスのリヴァーサイド・ボックス(12CD)にヴァーヴ・ボックス(18CD)にファンタジー・ボックス(9CD)、それからマイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーン、ソニー・ロリンズの各プレスティッジ・ボックス、セロニアス・モンクやウエス・モンゴメリーのリヴァーサイド・ボックスなどなど。およそ6畳ほどのスペースは“巨匠箱”で天井から地面までびっしりです。

 ボックス・セットは基本的に大変、頑丈につくられています。10枚や20枚に及ぶCDを収納するわけですから、それも納得できましょう。四隅はシャープで、しかも硬く尖っています。が、ここは地震大国日本、もし突如マグニチュードが激昂し、ボックス・セット(エヴァンスのヴァーヴ・ボックスは鋼鉄の箱入り、しかも錆びやすい)が落ちてきて彼の脳天を直撃したら…豆腐の角に頭をぶつけるどころの騒ぎでないことは明らかです。

●『ソウルトレーン』の《グッド・ベイト》は1曲目じゃなきゃ!

 意地悪な私は質問を続けました。

 私「ボックス・セットについている分厚い解説書はぜんぶ読んでいるの?」

 箱男「いやー、そうでもないね。なんだか長くて途中で読む気が失せちゃうんだよね」

 私「ボックス・セットの中には、同じ曲の別テイクがいくつも並んでいるものもあるけど、正直いって飽きない?」

 箱男「飽きるね。だけど飛ばして聴くのもめんどくさいから、飽き飽きしながら別テイクも聴いているけどね」

 といいながら、箱男はCDプレーヤーを再生しました。勢い良く《グッド・ベイト》のメロディーが流れはじめました。ジョン・コルトレーンのプレスティッジ盤『ソウルトレーン』です。彼はどこか照れくさそうにしています。

 私「『ソウルトレーン』は、もちろん『ジョン・コルトレーン コンプリート・プレスティッジ・レコーディングス』に全曲、入っているよね? それを持っているのに、どうしてわざわざ単品で買いなおしたの?」

 箱男「ダブリを承知で買うのはもったいないなと思ったけど、ボックス・セットって、CDを取り出すのがけっこう面倒なんだ。それにオレは『ソウルトレーン』の曲順が好きだからね。ジャズ喫茶で初めてこのアルバムを聴いたときから、《グッド・ベイト》の次に《アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー》がこなけりゃ納得できない体になってしまったんだ」

 “納得できない体”という表現は、筆が滑った私の創作ですが、アルバム『ソウルトレーン』の曲順は以下の通りです。

1. グッド・ベイト
2. アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー
3. ユー・セイ・ユー・ケア
4. テーマ・フォー・アーニー
5. ロシアの子守唄

 この配列を『ジョン・コルトレーン コンプリート・プレスティッジ・レコーディングス』の国内盤(輸入盤とは若干、内容が異なります)で再現しようと思うと、ディスク14と15を何度もとっかえひっかえしなくてはいけません。

《ディスク14》

1. ラッシュ・ライフ
2. ザ・ビリーヴァー
3. ナカティニ・セレナーデ
4.降っても晴れても
5. ラヴァー
6. ロシアの子守唄
7. テーマ・フォー・アーニー

《ディスク15》

1. ユーセイ・ユー・ケア
2. グッド・ベイト
3. アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー
4. リレスト
5. ホワイ・ワズ・アイ・ボーン?
6. フレイト・トレーン
7. アイ・ネヴァー・ニュー
8. ビッグ・ボール

●大は小を兼ねない?

 いかがでしょうか。つまり、ボックス・セットを使ってアルバム『ソウルトレーン』を味わうためには、ディスク15の2曲目→3曲目→1曲目、ディスク14の7曲目→6曲目と再生しなければならないのです(『ソウルトレーン』に限らず、アルバムの曲順と実際の録音順は必ずしも一致しません)。

 そんな面倒な並び替え作業をする時間と手間があれば、レコード屋に行くかネット通販で1000円ちょっと出して『ソウルトレーン』を買ったほうがよほど精神衛生的にもいいでしょう。確かにボックス・セットに『ソウルトレーン』の“音源”は入っています。だけど『ソウルトレーン』という“作品”は十何枚組のどこにも息づいていないのです。おせっかいですが、私はすべからくジャズ・ファンの皆さんにはまず、“作品”を愛でてほしいと思ってやみません。

 “大は小を兼ねる”という格言は、ボックス・セットには通じないのです。

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