8月12日に初戦を迎える、3年連続で最多38回出場の北海(南北海道)。昨年、準優勝を果たし、礼儀正しいチームとしても脚光を浴びた。その中心にいた、あのイケメン投手が昨夏の思い出と現在を語った。
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サヨナラ勝ちの興奮の中で、北海の大西健斗は松山聖陵のベンチに深々と頭を下げた。初戦の8回裏、打席に立った大西は左手甲に死球を受けたが、直後も登板。力投で勝利を呼び込んだ。エースで4番、柔らかさの中に強さを秘めたまなざし、そして折り目正しい人柄。見る者は「新たなスター」の誕生を予感した。
試合終了後のお辞儀の真意を聞くと、「いいチーム、ピッチャーと戦わせてもらって、自然と頭が下がったんです」。
決勝では惜しくも敗れたが、準決勝までは4試合36回を完投し、8失点に抑えた。低めを狙った丁寧な投球で、秋、春と地区大会で敗退したチームを全国準優勝に引き上げた。
自分とも戦い続けてきた。主将としてチームを背負った昨夏は、南北海道大会が始まる前から右ひじが痛み、甲子園の大会中まで引きずった。
「正直に言えば、あれからひじはもう動かせないくらい痛くて。でもチームを勝たせたいな、と思っていたので、後悔はしていません」
北海を卒業後、慶応大に進んだ現在は、ひじの様子を見ながら投球練習とウェートトレーニングを中心としたメニューをこなす。
「この春ベンチ入りさせてもらいましたが、パワー不足を痛感し、土台作りをしています。基礎代謝学などを履修し、知識の補強もしています」
投げ合った松山聖陵のアドゥワ誠(広島カープ)とは友人となり、連絡を取り合う。「甲子園の死球が話題になったとき、平謝りしてくれて。『そんなに謝らなくていいのに!』とか、たわいないやりとりをしています。彼がプロの試合で投げたときは、応援のメッセージを送りました」
今も高校時代と同じグラブを使う。中には、「家族」と刺繍(ししゅう)がある。慶応大の1軍寮で生活するが、「東京に来て、家族の大切さをしみじみ感じます。父は野球の師匠でもあり、生き方の見本でもあるんです」。
卒業後のプロ志向は強くない。
「父も実績ある球児でしたが、ビジネスの世界で活躍している。その姿を尊敬しているんです」
今後について聞くと、「まずは神宮で1勝。それだけに尽きますね」。
(文・直木詩帆)
※「週刊朝日増刊 甲子園 2017」より