ザ・コンプリート・オン・ザ・コーナー・セッションズ
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Part 1:箱を開けたらカラだった!?の巻
Complete On The Corner Sessions (Columbia/Legacy)

 強烈なリズムが脳天を杭打ち状態にする『オン・ザ・コーナー』(1972年)は、感性と聴く耳のない人々からは「オーヴァーダビングで捏造したもの」とか「実際のレコーディング時の演奏はボロボロだったにちがいない」などと揶揄されていたが、そういう減らず口を叩いていた人たち、いまごろ平伏しているのではないか。すなわち今回登場した6枚組『コンプリート・オン・ザ・コーナー・セッションズ』なるマニア向けボックス・セットは、同作がほとんどスタジオ・ライヴの真空パックとしてアルバム化され、「捏造」とあらぬ疑いをかけられていた演奏がぶっつけ本番に近い一発勝負だったことを明らかにする。減らず口派にしてみれば「箱を開けたらカラだった」といった心境ではないか。

 とはいえ、ぼくも最初に『オン・ザ・コーナー』を聴いたときは、かなりのパートがオーヴァーダビングや編集で作り上げられたものだろうと思っていた。それが氷解したのは、発売直後に来日(1973年)したマイルスのライヴを聴いてからで、それは『オン・ザ・コーナー』もスタジオ・ライヴであることを確信させるほど、即興性と完成度が高い次元で一体になった、しかも『オン・ザ・コーナー』よりさらに先に進んだ音楽だった。すなわち「ああ、こんな演奏がライヴで可能なら『オン・ザ・コーナー』もカンタンにできるだろうな」と納得がいくものだった。

 というわけで、『オン・ザ・コーナー』に疑心暗鬼だった人々には、今回のボックス、逆説的かつ皮肉およびイヤミな意味でいえば「驚きと発見に満ちたもの」だろうが、すでに本質を見抜いていた耳には、想像していたことが想像どおりにくり広げられていることを確認するためのものでしかない。しかも"未発表"としてクレジットされている音源の主要なものはブートレグでとっくに入手可、しからばブートで既発の《カリプソ・フレリモ》や《ヒー・ラヴド・ヒム・マッドリー》(いずれも『ゲット・アップ・ウイズ・イット』収録)の別テイクが入っているかといえばそんなこともなく、にもかかわらず同じく『ゲット・アップ』の《エムトゥーメ》の別テイクはなぜか入っているという、まあ高価なわりには実りが少ないことでおなじみのマイルス箱の伝統はしっかり守られたということか(って感心している場合か)。ちなみにブートで入手可でも公式発売されることに意義があるという見方もできるが、この種のボックスは本来マニアしか買わない、よってマニア御用達のブートとの重複はボックス制作者の怠慢と責められてもしかたのないところ。そこをよーく認識してもらいたい。早い話、「ブートより先にさっさと出せよ」ということなのだ。

 とはいうもののマイルスのおいしい時代の演奏がたっぷり収録の6枚組、このコーナーでは3回にわたって、ボックス・セットのデータの不備の訂正もかねて、アタマから2枚ずつ紹介していきたいと思う。なお参加ミュージシャンに関してはボックス記載のデータが杜撰なため、当コーナーではより正確なものを掲載した。よってボックス記載クレジットとは異なるものがある(ディスク3&4は19日、ディスク5&6は26日の更新予定)。

【収録曲一覧】

●Disc 1:

1 On The Corner [unedited master]/Jun 1, 1972
2 On The Corner [take 4]/Jun 1, 1972

・Miles Davis (tp) Dave Liebman (ss) Chick Corea (synth) Herbie Hancock (org) Harold Williams (elp) John McLaughlin (elg) Collin Walcott (sitar) Paul Buckmaster (el-cello) Michael Henderson (elb) Jack DeJohnette (ds) Billy Hart (ds, per) Don Alias (per) Mtume (per) Badal Roy (tabla)

 「1」がはじまったとたん、聴きなれた『オン・ザ・コーナー』がまちがって収録されているのかと思うほど。つまりアルバムに収録されたマスター・ヴァージョンは、さほど編集されていなかったことがわかる。いちおうは"未編集ヴァージョン"と記されているが、無駄な部分はほとんどなく、未編集=マスターといういかにもマイルスらしい離れ業が圧倒的。「2」はテンポもちがえば、あきらかに曲もちがう。メドレーのどこかに収録されていてもおかしくなかっただろうし、収録されなくてもおかしくはないような演奏。丸ごとボツになったのは、マイルスもテオ・マセロ(プロデューサー)も"その程度のもの"と認識していたからだろう。
3 One and One [unedited master]/Jun 6, 1972
4 Helen Butte/Mr. Freedom X [unedited master]/Jun 6, 1972

・Miles Davis (tp) Carlos Garnett (as, ts) Bennie Maupin (bcl) Herbie Hancock (elp, synth) Harold Williams (elp, synth) Lonnie Liston Smith (org) David Creamer (elg) Collin Walcott (sitar) Paul Buckmaster (el-cello) Michael Henderson (elb) Jack DeJohnette (ds, handclaps) Billy Hart (ds, handclaps) Don Alias (per, handclaps) Mtume (per, handclaps) Badal Roy (tabla, handclaps)

 この2曲についても、先の2曲とまったく同じことが指摘できる。つまり『オン・ザ・コーナー』というアルバムは、編集室で人工的につくられたものではなく、これらの演奏が証明しているように、スタジオでライヴによって創造された。したがって、あくまでも『オン・ザ・コーナー』だけに的を絞った場合、このボックス・セットの役割は、早くもこの段階で終わったともいえる(極言すればディスク1枚目の1曲目で終了)。だからいわんこっちゃないのである。最初から2枚組(公式アルバム+未編集ヴァージョン)でまとめればよかったのだ(ユニヴァーサル得意の名盤デラックス・エディションのように)。
5 Jabali/Jun 12, 1972

・Miles Davis (tp) Carlos Garnett (ss) Bennie Maupin (bcl) Lonnie Liston Smith (org) Harold Williams (elp, synth) Michael Henderson (elb) Al Foster (ds) Billy Hart (ds, per) Mtume (per) Badal Roy (tabla)

 タイトルの"ジャバリ"とは、ビリー・ハート(ドラムス)の宗教名。すでにこの演奏は『アンノウン・セッションズVol.3』と『フロム・ザ・70's Vol.1』で既発だが、なにを考えていたのか、今回のボックス収録ヴァージョンは、後者に収録されているものより短い。"セッションズ"というアルバム・タイトルに従うなら、収録すべきは『フロム・ザ・70's Vol.1』収録の約26分にわたる"セッション"だろう。
●Disc 2:

1 Ife/Jun 12, 1972

 『ビッグ・ファン』収録ヴァージョンと同じ。内容と参加メンバーに関しては『マイルスを聴け!V7』P318参照してください。
2 Chieftain/Aug 23, 1972

・Miles Davis (tp) Cedric Lawson (org) Reggie Lucas (elg) Khalil Balakrishna (el-sitar) Michael Henderson (elb) Al Foster (ds) Badal Roy (tabla) Mtume (per)

 おそらくは、のちに《レイテッドX》として完成する演奏の初期ヴァージョン。とくにリズム・パターンは『マイルス・イン・コンサート』のオープニングにおける同曲と同じ。約15分の演奏は、ただただある種の状態だけが延々とつづくのみ。それを退屈とみるか快感と感じるか。いうまでもなくマイルスは退屈と感じ、ゆえに《レイテッドX》へと向かった。曲名の"チーフ"とはマイルスを意味する。たぶんヴィンス・ウイルバーン(マイルスの甥。ドラマー。今回のボックスのエグゼクティヴ・プロデューサー)あたりが「そうだ、これにしよう!」とか明るくいいながら命名したのだろう。
3 Rated X/Sep 6, 1972

 『ゲット・アップ・ウイズ・イット』収録ヴァージョンと同じもの。内容と参加メンバーは『聴け!V7』P490参照。
4 Turnaround (aka Agharta Prelude or Prelude) [take 14]/Nov 29, 1972
5 U-Turnaround (aka Agharta Prelude or Prelude) [take 15]/Nov 29, 1972

・Miles Davis (tp) Carlos Garnett (ss) Cedric Lawson (key) Reggie Lucas (elg) Khalil Balakrishna (el-sitar) Michael Henderson (elb) Al Foster (ds) Mtume (per) Badal Roy (tabla)

 歌詞のないジャズでは、録音時点ではタイトルが決まっていないことが多い。そして未発表演奏を公表するときは、監修者や関係者が勝手に無題の曲にタイトルをつけることになるが、とくにマイルスの場合はテキトーなものが目立つ。センスも感じられない。その典型が『ジャック・ジョンソン』ボックスにおける"勝手にボクサーの名前つけましたシリーズ"だが、そもそも調査能力もなく精度にも欠けるマイルス箱制作陣、今回は大チョンボをやらかした。すなわち《アガルタ・プレリュード》(あるいは《プレリュード》)と《ターンアラウンドフレーズ》を勘違い、しかもかっこいいと思ったのか、ちょっとヒネってつけてしまった。トホホ。演奏は『アンノウン・セッションズVol.2』収録の2ヴァージョンとまったく同じ(『フロム・ザ・70's Vol.2』にもテイク15のみ収録されている)。いまはじめて聴いたふりをして好意的に捉えれば、あの《プレリュード》(『アガルタ』のオープニング・パートを指す)のスタジオ・ヴァージョンというだけで興奮を禁じえない、ということになる。(次回につづく)

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