
Part 2 : 「73年音源が公式に出たことを喜ぶしかないのかこの箱は」の巻
Complete On The Corner Sessions (Columbia/Legacy)
聡明なるマイルス者なら、このボックスが「あの問題作『オン・ザ・コーナー』のセッションをコンプリートに収録しました」といいながらも肝心の『オン・ザ・コーナー』関連の未発表音源が全6枚のCD中、最初の1枚のみで終わってしまったことにとっくに気づいているだろう。いやフツーの人にだってわかる。
というわけで、このあとの『オン・ザ・コーナー』関連の展開としては、最後のディスク6に『オン・ザ・コーナー』既発盤がそのまま収録されているのみ。「なんとヘナチョコな箱であることよ」と怒りつつも先を急げば、おお、今回ご紹介のディスク3と4はさらに覚悟する必要がある。あの幻の名曲名演《フォー・デイヴ》にまちがった曲名がつけられ、おまけに録音月日まで.....もうこうなったら腹をくくって聴くしかない!?
【収録曲一覧】
●Disc 3:
1 Billy Preston/Dec 8, 1972
『ゲット・アップ・ウイズ・イット』収録と同一テイクとは、これいかに。今回の箱の払拭しがたいミスのひとつが、この別テイクを収録しなかったこと。これは完全なる失態。というのも別テイク、すでに『アンノウン・セッションズVol.3』(So What)に収録され、これが強力。マイルスはオルガンのみ、つまりトランペット・ソロをオーヴァーダビングするまえのテイクだが、リズムがマスター・テイクより複雑、しかしながらポップに弾けるという逸品。この別テイクを入れなかった箱制作者は、やっぱり最後までなんにも考えていなかったのだろう。興味のある人は、ぜひブートを。マイルスのオルガンが「これでもか」の勢いで聴ける。しかも演奏は約2倍の20分超え。もう一度いっておこう。この別テイクを収録しなかったミスは永久に歴史に刻まれる。
2 The Hen [Untitled Original A (take 1)]/Jan 4, 1973
Miles Davis (tp) Dave Liebman (ss) Cedric Lawson (key) Reggie Lucas (elg) Khalil Balakrishna (el-sitar) Michael Henderson (elb) Al Foster (ds) Mtume (per) Badal Roy (tabla)
ブートレグで既発とはいえ、73年録音の演奏がこの箱のハイライトであることは微動だにしない。つまり『オン・ザ・コーナー』は無関係ということ。早い話、73年物だけで新たなアルバムをつくればよかったものをと、忘れつつあった怒りがまたしても湧き上がってくるではないですか。その73年物の幕を切って落とすこの曲は、すでに『フロム・ザ・70's Vol.2』(So What)の2曲目に《アンタイトルド・チューン》として収録されているが、当然のことながら音質は最上級、さすがのワタシも素直に喜びが表現できる。「だからさあ」と何度もくり返すようだが、最初から73年物だけで単独アルバムをつくればよかったのだ。「マイルス・デイヴィスの遅れてやってきた最新作!」というコピーで十分通用したと思う。
3 Big Fun/Holly-wuud [take 2]/Jul 26, 1973
4 Big Fun/Holly-wuud [take 3]/Jul 26, 1973
5 Peace [Untitled Original (take 5)]/Jul 26, 1973
Miles Davis (tp, org) Dave Liebman (ss, fl) Pete Cosey (elg) Reggie Lucas (elg) Michael Henderson (elb) Al Foster (ds) Mtume (per)
狂乱と興奮の73年物はさらにつづく。《ビッグ・ファン/ホリーウッド》のテイク2と3の連続攻撃。やや長いヴァージョン(テイクは同一)が『アンノウン・セッションズVol.3』に収録されているが、この場合は長短はほとんど影響なし。とにかく圧倒的。なおこの2つのテイクは45回転シングルのオリジナル・ヴァージョンにあたるが、シングルの2曲はテイク3から抜粋・編集されたもの。つまりテイク2は手つかずの状態のまま放置されていた。もったいない!
それにしてもマイルス箱制作者の曲名に対するセンスにはお寒いものがある。《チーフテイン》に《ザ・ヘン》に《ピース》って、いったいなんなのだろう。それはともかくこの《ピース》という曲(当時は無題)、マイルスは3日間にわたってトライしている。7月23・26・27日がその3日間にあたり、箱に収録されているのは26日のヴァージョン、そして23日と27日の両ヴァージョンは『フロム・ザ・70's Vol.2』の3曲目と5曲目に収録という複雑な展開。とはいえスローで退屈な曲、よってボツになったのは当然か。しかも全ヴァージョンともマイルスが演奏しているのはオルガンのみ、つまりはトランペット・ソロを重ねる要なしと判断されたのだろう。しかるに箱収録ヴァージョンがもっともおもしろくないとはどういうことか。
6 Mr.Foster/Sep 18, 1973 → For Dave/July 23, 1973
Miles Davis (tp, org) Dave Liebman (ts) Pete Cosey (elg) Reggie Lucas (elg) Michael Henderson (elb) Al Foster (ds) Mtume (per)
この曲には《ミスター・フォスター》という曲名がつけられている。たしかに《ミスター・フォスター》という曲は存在している。アル・フォスター(ドラムス)がリーダー作をつくる際、マイルスがお祝いの意味で作曲して贈ったもの(キャノンボール・アダレイに《ナルディス》を贈ったようなもの)、そのフォスター盤については拙著『聴けV7』P640の本文を参照願いたいが、しかしながらこの演奏、フォスター盤収録の同曲とあきらかにちがう。つまり《ミスター・フォスター》ではない。
ハイ、落ち着きのない箱制作者が曲名をつけまちがえたのです。ではこの曲はなにかといえば、ハイ、通称《フォー・デイヴ》なわけです。具体的にいえば、あの『パンゲア』がラストに向かって突き進んでいくパートで演奏されていた、そう、あの曲というかセクションがそうなのです。ということは『フロム・ザ・70's Vol.2』の4曲目《フォー・デイヴ》と同じテイクで、箱に収録されたのはそのショート・ヴァージョンというオチ。ただしマイルスのソロ・パートに関しては両者とも同じ長さ。さらに『70's』に収録されているのは73年7月23日、こちらの箱は9月18日録音となっている。曲名に加えて録音月日までミスるとは。いや、曲名をまちがえたのだから録音月日もまちがえるのは当然か?
●Disc 4:
1 Calypso Frelimo/Sep 17, 1973
2 He Loved Him Madly/Jun 19, 1974
ディスク4枚目は、『ゲット・アップ・ウイズ・イット』収録の2曲がそのまま流用されているのみ。しかし、この箱で聴いても、あの熱気は半分も体感できない。ぜひマイルスの顔がこれ以上ないくらいの占有率を誇るジャケットに包まれたオリジナル『ゲット・アップ・ウイズ・イット』で、聴け!(次回につづく)